2013年には Toy Box Vol.12 が発行されます。今回の中心テーマはロープマジックです。そこで、私が以前から興味を持っていました2本のロープを使った脱出現象を、徹底的に調べてまとめました。私が調べた文献だけでも80冊以上となりました。現象や方法の全体像をまとめるだけでなく、疑問に思っていたことや、興味深いエピソードにも重点をおきました。予想以上に多くのことが分かっただけでなく、驚いたのは、意外なことが次々に見つかったことです。今回のコラムでは、その意外な点を中心に報告することにしました。 |
ここで取り上げることにしました意外な内容を簡単に紹介します。 |
2本のロープやひもに通したビーズや上着やリング、または、結びつけたシルクが脱出する現象です。首や胴体を通り抜ける現象でも有名です。このマジックの種として、2本のロープの中央部を仕付け糸で結ぶのが一般的です。または、ウォンドや扇子に結びつけたり、ロープ同士を絡ませる方法もあります。このマジックで特に有名なのは、1876年の「モダンマジック」に解説された "My Grandmother's Necklace"(おばあさんの首飾り)です。3個の木製ボールかビーズと、中央を仕付け糸で結んだ2本のひもを使っています。しかし、このマジックは、1584年のレジナルド・スコット著 "The Discoverie of Wiechcraft" に既に解説されていました。この本はマジック書ではありませんが、その中の一部分にマジックが解説されており、これが現存する最も古い英語で書かれたマジック解説です。 |
2本のロープを使った脱出現象は、どの作品も一般客にうける内容です。その中で、私が特に興味を持ったのが、ロープ中央を絡めた場合のメカニズムや現象です。そのメカニズムを使って、私が最も衝撃を受けた現象がカバンの脱出です。1955年発行の坂本たねよし・柳沢よしたね共著「手品特選50題」の中で解説されています。カバンの取手に2本のロープを中央部まで通して、両端を上部で結んでループ状にしています。ロープの上端部を取って持ち上げるとカバンも持ち上がります。しかし、カバンを床やイスの上へ置くと、その瞬間にロープがカバンから外れ、手にはループ状のロープだけが残ります。かなり昔に、このマジックが演じられているのを見ましたが、あまりの不思議さに唖然としてしまいました。重たいカバンを問題なく持ち上げているのに、イスへ置いた瞬間にロープから外れるメリハリのすごさに驚いてしまったわけです。 |
日本では江戸時代から仕付け糸をロープ中央に結びつける方法が使われ続けてきました。1950年代中頃になって、ロープを絡ませる方法や、ウォンドや扇子に結びつける方法も登場するようになります。イギリスでも、1876年の「モダンマジック」の「おばあさんの首飾り」では仕付け糸を使っていましたので、昔は仕付け糸を使うのが普通だと思っていました。当然のこととして、最も古い1584年のレジナルド・スコットが解説した方法も、仕付け糸を使っているものと思い込んでいました。この本に関しては、いろいろと解説された文献がありますが、「おばあさんの首飾り」の元になる作品が解説されていることを紹介している程度で、詳細までは書かれていませんでした。仕方がありませんので、古くて読みにくい英語ですが、この作品解説の全体を読んでみることにしました。3個のビーズと、ムチに使う革製のひもが使われています。意外であったのは、仕付け糸が使われていないことだけでなく、3個のビーズがひもに通された状態から開始されていたことです。ひもの中央を半分に折って二重にして、折り曲げた部分から一つのビーズを押し込んでいます。もう一つのひもとビーズも同様にしています。3個目のビーズには少し大きめの穴があけられており、2本のひもの折り返し部分が両側から詰め込まれることになります。2本のひもが中央のビーズからはずれにくくする方法も記載されています。いずれにしても、3個のビーズは動かさない状態で演じられているようです。1634年の「ホーカス・ポーカス・ジュニア」も全く同じ内容です。1676年の "Sports And Pasttimes" では、3個の厚さのあるボタンとひもが使われ、2本のひもの中央が絡められています。これを一つのボタンで覆って隠しています。他の2個のボタンは、普通に両端から通していますので、演技中にも行えそうです。結局、この頃の方法は、中央の品物が絡めたひもの部分を固定する役割を持っていたことになります。 |
1584年にイギリスでレジナルド・スコットの本が発行されたのと同じ年に、フランスではマジックの本が発行されていました。1998年にその英訳版が発行されていますので、それを元にして内容を報告します。英訳版では、J.Prevost 著 "Clever and Pleasant Inventions" となっています。これには、2本のひも(ロープ)を使った脱出現象が2作品解説されていました。その一つが3個のビーズを使っていますが、ひもの中央を仕付け糸で結んでいます。イギリスとは違い、フランスでは昔から仕付け糸が使われていたのが分かりました。しかし、使い方が全く違っていましたので驚いてしまいました。ビーズとビーズの間に仕付け糸がくるようにして、その部分をハサミで切っています。これにより、3個のビーズが自由になりますが、2本のひもが切れていない現象です。つまり、ビーズの脱出現象ではなく、ひもの復活現象になっていました。イギリスの文献のように、ひもを絡ませていたのではハサミで切ることが出来ません。そのために、仕付け糸が使われていたのでしょうか。 |
1584年のフランスの文献での二つ目の解説が、首を通り抜けるロープです。この時代の本に、既に解説されていたことが驚きです。しかも、その方法が、現代の方法と変わっていない点も意外でした。2本のロープの中央を絡ませるのですが、2本のロープを並べて持って、話をしている間にロープの位置を入れ替えつつ絡ませていました。絡んだ部分を首の後部へもってきて、首の前方でロープを結んでいます。首の周りにゆったりとしたロープのループを作り、これが首からはずれることになります。1941年のターベルコース第1巻には、イラスト入りで分かりやすく解説されていますが、基本的には同じ方法です。違いは、ロープの絡ませ方の具体的な方法が、ターベルコースではイラストを加えて分かりやすく解説されていることです。1584年解説の首を通り抜けるロープが、1909年の「アート・オブ・マジック」まで文献上で見つけることが出来ませんでした。「アート・オブ・マジック」の解説も同様な内容ですが、イラストがありませんので、分かりにくい解説です。なお、今回の調査により、ロープの中央を絡める方法は、首を通り抜けるロープの使用に最も適しており、多くの同様な現象の作品に使われていることが分かりました。絡める方法も多数発表されており、"Toy Box No.12" では、11の方法の存在と私が使っている方法を紹介しています。 |
この原理を使った面白い演出が、1941年の「ロープトリック百科事典」に解説されています。2個の陶器製のコップと2個の金属製のコップをぶら下げて演じています。もちろん、金属製が落下し、陶器製はロープにぶら下がったままで残ります。ちょっとしたスリル感が面白い作品です。方法は2個の金属製のコップをロープに通した後、ロープを1本ずつだけシングルノットして、その後、両側から陶器製のコップをぶら下げています。1953年のイギリスのマジック誌 Pentagram 6月号には、鉛筆に2本のひもを結び、客の指輪を2本のひもに通しシングルノットした後、演者の指輪を通して、これらを左手に握っています。鉛筆を引き抜いて、この鉛筆でおまじないをかけて左手を開くと、演者の指輪がひもに通っているだけで、客の指輪が消失しています。その後、鉛筆の中央に通っている指輪が示されることになります。これらのような脱出させる品物の選別は新しい発想と思っていました。ところが、1876年の「モダンマジック」の "My Grandmother's Necklace" の解説の後半に、同じ発想の応用作品が既に解説されていましたので驚いたわけです。黒3個と赤3個の木製ボールまたはビーズを使って、客に好きな色を指定させて、同色の3個だけを脱出させていました。また、1890年の「モアマジック」の本では、マフ(女性の腕に防寒用として着用する筒状の布)と指輪を使って一方を指定させる方法が解説されていました。この場合、マフだけが脱出します。この解説の後で、ひもを組みひもに替えて、上着と金属製リングを使っても、同様な現象が可能なことを紹介していました。こちらでは、上着だけが脱出します。最近では、日本において、結婚式にも使える楽しい演出が紹介されていました。1983年の二川滋夫氏の「よいれくちゃあのおと」の中の "Sweet Home" です。数枚のシルクをロープに結んで透明な筒へ入れますが、新郎の白シルクと新婦の赤シルクが結ばれて透明な筒に入ったままロープから脱出します。他のシルクはロープに結ばれたままとなります。これは私の好きな作品の一つです。 |
2本のロープを使う縄抜け術が、日本では明治時代に西洋から伝わったマジックとして宣伝され、数名のマジシャンにより演じられていました。ところが、明治時代に相当する19世紀後半やそれ以前の西洋の文献で、そのようなマジックの記載を見つけることが出来ませんでした。中国から伝わったのか、日本で考案されたのか、それとも、本当に西洋から伝わっていたのかよく分かりません。明治時代は西洋手品に人気があり、宣伝文句として使われていた可能性も考えられます。1885年(明治18年)の「和洋てじなのたねほん」には「なわぬけのでん」が解説されています。シンプルな胴体脱出現象です。さらに、明治時代に日本に帰化したイシイ・ブラックにより、手の込んだ脱出現象が発表されています。1914年~15年頃のイギリスのマジック誌 Will Goldston's The Magician Monthly に、着物を着た男性と二人の子供のロープからの脱出が写真と共に紹介されていました。その現象については、2010年に発行されました松山光伸著「実証・日本の手品史」を参照して下さい。海外で2本のロープを使用した胴体脱出は、それまでの文献では、ハッキリとした解説が見当たりません。なんとか探し出せたのが、1911-12年にWill Goldston発行のイギリスのマジック誌 "The Magician Annual" での方法です。上着を着用した男性の上着内でのロープの胴体貫通現象です。これでは現象が分かりにくいのではないかと思います。なお、ロープ中央に結び付けられていた数本の金属製リングが、貫通と同時に背部から落下して音を立てていますので、こちらの効果の方が大きい可能性があります。上着の内部で行っているのは、周りを囲まれた街角で演じられていたからでしょうか。 |
このテーマの調査の中で、シルクに関して二つの大きな驚きがありました。一つは、最も多数の作品が解説されていたのがロープマジックの本ではなく、1953年発行のライス著「シルクマジック百科事典 第2巻」であったことです。この本には16作品が解説されており、1冊の本での作品数として他を大きく引き離していることが分かりました。また、カール・ファルブスのセルフワーキング・マジックシリーズでは、ロープがテーマの本には解説されておらず、ハンカチーフの本で4作品見つけることが出来ました。このテーマの作品は、ロープマジックの本かマジック書のロープの項目に解説されていると思い込んでいましたので驚きました。2011年になって日本語訳の「世界のロープマジック2」が発行され、最も多い作品数になっています。しかし、この本は本来の Stewart James編集 "Encyclopedia of Rope Tricks" 全3巻の各巻に解説されていた2本のロープを使った脱出現象を一つの項目にまとめたものでした。 |
日本では1955年頃より多数のマジック書が発行されるようになります。そして、2本のロープを使った脱出現象も多くの本で取り上げられています。その反対に海外の文献ではあまり見かけなくなります。このことは、このコラムの最後に掲載しました参考文献一覧を見て頂くと一目瞭然です。しかし、残念ながら、日本の文献に解説された内容のほとんどが、海外の文献のそのままか、一部分変更した程度のものでガッカリしていました。日本の場合、多くのマジック書の販売対象が一般人向けであったからかもしれません。ところが、この原理のマジックで私が気に入ったベスト3を選びますと、全てが日本人考案による作品でした。このことは意外であると同時に嬉しくなりました。坂本たねよし・柳沢よしたね氏の「鞄にかけたひもを抜く」、二川滋夫氏の "Sweet Home"、豊田聡氏の「モダンなおばあさんの首飾り」です。独創性や面白さがある点が気に入っています。結局、江戸時代、明治時代、そして、現在でも、日本においては結びつきの大きい分野のマジックであることを再確認できました。 |
この原理を使った各種の方法が、最近発行されました日本の本に解説されていますので、是非、そちらも参照して下さい。2008年に藤山新太郎著「プロが教えるロープマジック」に5作品、2011年の「世界のロープマジック2」には多数の作品が解説されています。また、1995年に発行された3巻セットのダローのロープのビデオの1巻目に、2本のロープを使った脱出現象が解説されています。これは、その後、DVDとしても発行されています。そこには、基本となる各種現象の数作品が取り上げられていましたので、機会があれば見られることをお勧めします。数年前には、この古い現象を、3個のビーズと2本のベルベットのひもを使って、現代的にアレンジされた商品が販売されました。ディーン・デル社製の「ナナズ・ネックレス」です。シンプルであやしさを感じさせずに行えるようになっています。このフレンチ・ドロップの商品の動画でも演技を見ることが出来ます。タイトルのNanaとはGrandmotherと同じで、おばあさんの意味があります。さらに、このテーマのマジックに興味をもたれた方は、2013年発行(2012年末には発行か?)の "Toy Box 12" も是非ご参照下さい。
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