人気の高いカードマジックの一つにアンビシャスカードがあります。一般客相手には欠かせないレパートリーとされているマジシャンも多いと思います。しかし、ダブルリフトとティルトに頼りすぎるマジックとなってしまったために、マニア相手には使えないマジックとなりました。もちろん、この二つの技法により、一般客に与えるインパクトが絶大であることも確かです。
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1990年頃にレイ・コスビーのビデオを見て驚きました。あり得ない現象を見てしまったからです。ほとんど手を動かしていないのに、片手だけで外エンドから突き出した客のカードが3段階で上昇してトップへ来ていたからです。さらに、トップのサインカードを示した後、一瞬にしてボトムへ移していました。これを行うためには、左小指が重要な役割をはたしています。この解説を見た時に、私にはできないとあきらめがつきました。この方法を文献では1987年の "The Magical Arts Journal Vol.1 No11-12" に解説され "Raise Rise" の作品名がつけられています。なお、フレンチドロップのマジシャンの沙門零さんがこれを楽々と演じ、レパートリーにされています。
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この方法の元になる重要な作品を見過ごしていたことに気が付きました。クリス・ケナーの本の解説をよく読みますと、Geoff Lattaの方法が元になっていると書かれていました。書名の記載がなかったのですが、調べますと1990年のスティーブン・ミンチ著 "Spectacle" にLattaの "Deadlier Than The Male" の作品の最後の部分の現象に使われていることが分かりました。そこではトップカバーパスが使われ、客のカードは左前方へ斜めに突き出して行われています。これを考案されたのは1980年代の初めで、マイケル・ウエバーの現象を元にしていると報告されていました。マイケルの場合は、1970年代後半にアウトジョグしたカードをスプレッドパスを使って徐々に移動させていたそうです。 |
2011年にフラリッシュやテクニカルなカードマジックで有名なアルス氏から驚きの現象を見せられました。数段の階段状にしたデックで行うアンビシャス現象です。ボトムに置いた表向きの客のカードが、1段上のトップへ移動し、さらにその上の段のトップにも移動して、最後にはデックのトップに現れます。このようにデックを階段状にして演じるマジックは、沢浩氏のFootstepsの作品が最初と思います。しかし、アンビシャスカードではなく、各ステップのトップよりエースが出現して4枚のエースが取り出される現象です。1988年のリチャード・カウフマン著 "Sawa's Library of Magic" に解説されています。 |
2000年代に入って、益田克也氏がカードケースを使ったアンビシャス現象を発表されています。カードケースに入れたデックの中央にサインされた客のカードを差し込むと、直ぐにそのカードをケースの中のトップより取り出しています。「アンビシャス高速エレベーター最上階まで行くのダス」のタイトルがつけられています。これを、2005年頃発行の彼の14の商品を紹介したDVD "Masuda's Item" の最後のボーナストリックのおまけとして演じられています。しかし、解説はなく商品化もされていません。その頃には同様な現象をフランスのゲータン・ブルームも考案されていたことが分かりました。しかし、二人の方法は全く違っており、その後、ゲータンの作品は商品化されています。彼の方法は、2013年に発行された彼の全作品を解説した2巻組の "Full Bloom" のVol. 2に "The Escalator" として解説されています。客のカードをケースの外へ突き出した状態で、ボトムからトップへエレベーターのように移動させています。もちろん、二人の作品ともに仕掛けが必要です。しかし、レギュラーデックを使って演じられています。 |
1980年代中頃までには、有名な二つの作品が登場しています。アンビシャス現象を続けた後で、デックが客の手の中の透明の固形物に変わるオムニデックの現象と、ダローによるロープで縛られたデックを使ったアンビシャスカードです。なお、オムニデックは1976年発行のポール・ハリスの本の "Solid Deception" が原案です。クライマックスでデックがくっついた固まりの状態になります。2000年代に入り、益田克也氏が驚きの商品「アンビリーシャスカード」を発表しています。デック中央へ客のサインカードを入れると、一瞬で客のカード1枚だけとなり、デックが消失する現象です。2006年にはアルス氏がKreis Magicから "Elevator" を発売しています。両サイドを切り取られたカードケースが使われ、その中へデックを入れて、サイドから客のカードを表向きにして差し込んでいます。デックと客のカードがクロスした状態となり、客のカードを左右へ1回往復させるだけで少し上昇します。これを繰り返してトップから取り出しています。残念ながら、現在では製造を終了しています。2010年にはAlexander Kolleが "The Hawk" を発売しています。客のカードの裏表にサインさせてデックの中へ戻し、デックを床へ置くと、しばらくしてデックのトップに表向きに客のカードが現れます。非常にビジュアルです。また、数年前に発売されたPeter Egginkの "Out Cased" もビジュアルな現象です。サインされたカードをデックへ戻し、カードケースに入れて輪ゴムで縛ると、縛られたケースと輪ゴムの間に客のカードが表向きで現れます。これら以外でも発表された作品や商品があると思いますが、今回は私が調査できた範囲だけとさせて頂きました。 |
ティルトが1962年に発表され、その後、アンビシャスカードがティルトとダブルリフトを中心とした作品となりました。しかし、アンビシャスカードの歴史は古く、ティルトが登場する以前にも多数の方法やアイデアが発表されています。そこで、最初のアンビシャスカードから、その後はどのように変化したかを、年代順に主要な文献を中心として簡単に紹介することにします。 |
アンビシャスカードが最初に英語で解説された1887年の英訳本の登場時から、アンビシャスカードの名前が付けられていたことが意外でした。1909年のデバントではダブルリフトが使われていますが、これ以降、アンビシャスカードには欠かせない技法となります。しかし、この頃は、ビドルグリップで持ち上げて表を客席に向けて見せて、トップに戻しているだけです。1910年の方法でも、プッシュ・イン・チェンジのためにダブルリフトを使っているだけです。つまり、ダブルリフトであっても、ダブルターンオーバーは、まだ使われていませんでした。なお、デバントの作品は単一の現象ですが、最後にデックを客へ渡して、同じカードがないことに重点をおいていたことが印象的です。 |
今回はティルトを使わないアンビシャスカードをテーマにしたといってもよい内容となりました。また、作品名がエレベーターとなっているものもあり、区別のつけにくさも感じました。しかし、それらをアンビシャスカードの手順に含めたり、クライマックスとして使用すると効果が大きく、別のものとして区分けする必要もなさそうです。 |