2020年に入り、Majil氏による”The Expert at the Card Table”の翻訳本が発行されました。1989年に東京堂出版より発行の浜野明千宏氏による翻訳本「プロがあかすカードマジック・テクニック」とは別で、新たに翻訳された本です。”The Expert at the Card Table”をかなり研究されたMajil氏の翻訳ですので、とても読みやすくなっています。しかも、この本には主な技法の参考映像を見る方法が書かれており、Majil氏による実演はたいへん参考になります。なお、浜野氏の翻訳本も価値があり、2冊を読み比べて気になる部分を原著で確認するのも面白いかもしれません。原著は1902年発行の少し古い英文で、かなり専門的な内容のために、最初から英文で読むのは大変です。まず、翻訳本を読まれてから、是非、原著も読まれることをお勧めします。
カードマジックに精通してきますと、エキスパートの本のそれぞれの記載に重要な意味を持っていることが分かってきます。ダイ・バーノンがカードマジックのバイブルと言っていたことが分かります。この本の前半はカードのギャンブルの技術的な解説が中心でかなり専門的です。後半は奇術のための技法や14のカード奇術作品が解説されています。新たな翻訳本が発行されたよい機会ですので、今回は後半の奇術部分について、それらの技法や作品は何を元にして、どのような点を変えていたのかを報告させていただきます。改良点が分かると、この本の素晴らしさが明確になります。
ところで、2015年頃に驚くべき発見が海外のマジック界で話題になりました。1877年発行のC.H.Wilson著”The 52 Wonders”の本が見つかったことです。アードネスの本ではオリジナルのように書かれていたSWEシフトやロンジテュージナルシフトと同様な方法がその本に解説されていました。そのために、この著者のウィルソンがアードネスではないかとの話が出現しました。しかし、年齢が合わないことから否定されています。著者のアードネスに会ったことのある唯一の人物が本のイラストを描いたM.D.スミス氏です。彼によりますと、本が発行された1902年頃の著者は40才ぐらいとのことですので、1877年では15才ぐらいとなります。また、この二つのシフト以外では、アードネスと関連する記載が全く見つかっていません。この本のことも含めて報告させていただきます。
1902年に発行された、カードギャンブルの各種技法と、マジックのカード技法を中心に解説した本です。最後の部分では、14作品のマジックも解説されています。奇妙な点は、著者のアードネスとは誰であるのか分からなかったことです。この謎については、1911年12月と1912年3月の2回のコラムで詳しく報告しました。
さらに、この本の問題は、読み始めると難解な印象があり、読むのをあきらめるマニアが多かったことです。そのような中で、この本を有名にしたのはダイ・バーノンです。バーノンにとっては自分のバイブルだと言っています。全ての部分に価値があり、バーノンの将来を決定づける本となります。バーノンは1894年生まれで、小さかった頃に父親が購入したこの本に興味を持ち、ほとんどの部分をマスターするようになります。ギャンブラーやマジシャンは、これらが出来て当然と思っていたようです。しかし、読んでいる人がほとんどいなかったことが後で分かるようになります。この本を読んでマスターしていたおかげで、多くのマジシャンやギャンブラーと交流するきっかけとなり、1920年代のニューヨークでは最も話題性のあるマジシャンとなります。
The 52 Wondersは30ページ程の本で、最初の8ページをかけて16の特殊なパスが解説されています。他の技法解説がないのが奇妙な点です。次の11ページがカードトリックで、残りはトリック以外の記載で、例えばカードゲームについて簡単に紹介されています。残念なのは、解説に関連したイラストが全くなかったことです。パスの部分でアードネスの本と関係があるのは、SWEシフトとロンジテューディナルシフトの部分だけのようです。それ以外は全くの別物といえます。問題はこの二つのシフトと52Wondersとの関わりです。アードネスの本のロンジテューディナルシフトでは、特定の人に感謝する必要のないものと書かれています。オリジナルには違いないのですが、考案した後で以前からよく似た方法があることが分かったような書き方です。これと同様な方法のパスが、52Wondersの本ではロングパスの名称で本の最初に解説されていました。下半分を外エンド側からトップへパスさせる方法です。
SWEシフトに関しても、アードネスの本ではオリジナルのような記載です。52 Wondersの本では、ショートパスの名前で2番目のパスとして簡単に解説されているだけです。ロングパスの解説の後で、デックを横向きに変えてロングパスと同様に行うことと、短距離でパスできる利点が書かれています。あまりにも雑な解説です。しかし、このショートパスの解説に続いて、二つの応用のパスが解説されていました。3番目の方法がマジックパスと名付けられ、ショートパスの状態でアゴの近くまで持ってきて、息を吹き掛けて行うパスとなっていました。4番目がローリングパスで、右人差し指を右コーナーに当てて、SWEシフトの方法以上にデック全体が見えている状態にしています。両手と両腕をスウィングする動きの中で行っている点が大きな違いです。SWEシフトでは動きを最少にしています。アードネスが52 Wondersの存在を知っていたのであれば、いくら改良した方法であってもオリジナルのような記載はしなかったと思います。ダイアゴナルパームシフトの解説では、元になる方法があることを記載し、それを改良したと書かれているからです。
第2部となるカードマジック技法解説の全てが興味深く、トランスフォーメイション(カラーチェンジ)の6種類の方法もよく取り上げられています。しかし、今回のこの項目では、最初に解説されている5種類のシフトに関してだけ報告させていただきます。
1 片手シフト
ここでの方法はシャーリエパスのことで、1877年のSachsの本で初解説され、1889年のホフマンの本での解説がアードネスの本の解説に近い状態です。もちろん、小指をエンドに当てて行なっているのですが、アードネスの本では小指を当てることの重要性を強調して書かれている点に特徴があります。アードネスのオーバーハンドシャフルも小指をエンドに当てることを強調しています。片手ですので、上下や前後に動かしつつパスができる利点が書かれています。その点がギャンブル技法で解説された片手のアードネスシフトと大きく違っています。当時はパスとして使われていましたが、現在では見せながら行うカットとしての使用が多いようです。このパスの考案者はCharlier(シャーリエ)で、1873年にフランスから英国へ移動したカードのエキスパートです。Charles Bertram(チャールズ・バートラム)やホフマン(当時の多くの本の著者)にカード技法を教えたことで知られています。なお、この解説ではCharlier PassがCharlies Passと間違って書かれており、本を購入して読んだ時には、そのパスの呼び方で悩んだことがありました。後部のアクロバティックジャックスの作品の中では、正しい名前で書かれていました。以前はチャーリアパスと呼んでいました。
2 ロンジテューディナルシフト
このシフトのイラストを初めて見た時には、誰もが考えそうなパスだと思いました。右手でデック全体をカバーするパスで、手の大きいアメリカ人はこのようなパスも使うのかと思った記憶があります。もっと昔から解説されていても不思議ではないパスです。しかし、これが一般的なパスとならなかったのは、思っているほど簡単ではなく、カバーすることの怪しさがあったからかもしれません。カバーした状態で不自然な動きをしてしまいそうです。アードネスや1877年のウィルソンがこれを発表したのは、素早く行えることが分かったからと思います。この二人の方法を比べますと、右手でのカバーの考え方がかなり違っています。1877年のウィルソンは右手でデック全体をカバーするような考えです。それに比べてアードネスは、同様なカバーの方法だけでなく、右人差し指をデックのトップに当てて、デック全体のほとんどを見せたままで行うことも提案しています。いずれにしても、実戦で使えるのか疑問に感じるパスです。ところが、これを習得された宮中桂煥氏のパスを見せてもらい、考えが大きく変わりました。全体がかなり見えているのに、瞬間に入れ替わります。問題はカードの縦の長さの大きな動きがあるために、何かしたように感じてしまうことです。これを表向きでカラーチェンジとして見せてもらいますと、最高級のチェンジ現象であることが分かりました。瞬間的にカードが変化するからです。宮中氏はこのシフトを使った最適のマジックも考案され、その現象を見せられると、このシフトの練習をしたくなりました。
3 オープンシフト
これは完全にオリジナルですが、実際に使えるのか疑問を感じるシフトです。全てが見えるオープン状態でパスするのですが、どのように見えるのが正解なのかが分かりません。パスした動きを感じさせないのが正解であれば、海外でもそのように行えた人を聞いたことがありません。バーノンも行えなかったのではないかと思っています。左向きで行なっている映像をよく見かけます。右手で下半分がカバーできるのでパスとして成立しますが、不自然なパスです。また、解説には横向くとは書かれていないだけでなく、逃げの操作と思ってしまいます。SWEシフトのような前後の動きのパスであれば、下半分がすぐに全体をカバーするので、見た目には瞬間的な入れ替わりとなります。横方向の動きでは、その点で不利です。特に問題を感じるのが、外エンド部で上下の間隙が見え続けていることです。演者目線で見降ろして見るとパスが成立しているようでも、鏡で見る客目線では成立していません。さらに、音を出さずに乱さずに行うのも大変です。一時期にはかなり練習しましたが、期待する成果が得られず、人差し指の負担だけが大きくなるので中断した苦い経験があります。30年以上前のことです。解説の終わり部分では、表向きで行えば最高ランクのカラーチェンジになると書かれています。結局、実戦で使える裏向きのオープンシフトとはどのような状態のものか疑問が続いています。
4 SWEシフト
このシフトもオリジナルのように書かれています。最近になって分かった1877年のウィルソンのショートパスがありますが、それとは違って、デックの多くの部分が見えており、動きも最少です。1983年のバーノンのビデオの第12巻でスティーブ・フリーマンが演じるまでは、奇妙なタイプのシフトの印象しかありませんでした。ところが、フリーマンの映像を見て目を疑いました。何もしていないように見えるのに、パスが行われていたからです。デックが横向きで移動距離が短く、何も動いていなかったように見えます。このバーノンのビデオは1巻だけでも70ドルほどの価格で、その当時は1ドルが約250円の時代でした。86年より1ドルが200円以下となります。つまり、85年までは1巻で2万円近くしていた時代です。その後、DVDで発行され、さらに、スクリプト・マヌーヴァ社から日本語字幕がついて、大幅な低価格で購入できるようになったのはありがたいことです。このSWEシフトをいち早く習得されたのが宮中桂煥氏です。1988年の箱根クロープアップ祭のゲストで来日されたロジャー・クラウスに見せたことにより、日本でSWEシフトができるマニアがいることが、その当時の米国のマニアの間で話題になったようです。その後の宮中氏は、もっと全体が見えるフルオープンに近い状態にしたり、ほとんど動きがない状態で行なったりしています。海外では1992年のクリス・ケナーの本で、アウトジョグのカードをライジングさせるのにSWEシフトを使用して話題となります。クリス・ケナーのSWEシフト自体はネットの動画で見ることができます。
5 ダイアゴナルパームシフト
ここでの五つのシフトの中で、最も多くのマニアに使われているのがダイアゴナルパームシフトです。これは他のシフトとは違って、サイドスティールの分類に入るものと言えます。しかし、この本が発行された1902年にはサイドスティールの技法名がなく、しかも、左手へスティールする方法です。このアードネスの本にも書かれていますが、このような技法は以前より少し違った方法で知られていました。1885年のSachs著”Sleight of Hand”第2版では、ダイアゴナルパスの名前で解説されています。3枚のカードをデックのバラバラの位置へ入れて左手で取り出して、デックのトップかボトムへ置いています。差し込むカードは外端を右側へ傾けるようにしてデックへ入れています。1889年のホフマン著”Tricks With Cards”では、フォールスシャフルの8番目として少し違った方法で解説していました。例として、4枚のAをデックのバラバラの位置へ差し込んだ状態で、外端を前記とは逆の左へ傾けて入れ、左手で取り出してデックのトップかボトムへ加えています。いずれの方法もカードの抜き出し時には、右手でデックをツイストすることが必要であり、スマートとは言えない方法で行われています。結局、アードネスの方法の素晴らしさは、スピードとスムーズさが桁違いに改善されていたことです。
1 エクスクルーシブ・コウテリー(上流グループ)
クラシックな4Aアセンブリーは、1853年のフランスのPonsinの本が最初です。そして、アードネスの作品はチャールズ・バートラムの方法が元になっています。ただし、普通のカード3枚が客のポケットへ飛び移る部分を省略して、シンプルな方法に改良されています。バートラムの方法は1889年のホフマン著”Tricks With Cards”に「バートラム・エース・トリック」として解説され、1902年のネイル著”Modern Conjurer”では9枚の写真を加えて解説されています。アードネスの本では、4Aを4Qに変えて、社交場での上流階層の女性たちの排他性の物語としてセリフを加えていたことが大きな特徴です。
2 ダウジングロッド(占い棒)
マックス・マリニの演技で有名なカード・スタビングです。目隠しした状態で、テーブルに広げられたカードにナイフを突き刺して客のカードを当てています。「スターズ・オブ・マジック」の本でのマリニの演技解説では、6人のカードがナイフで次々と当てられ、6人目のカードを効果的に当てています。1740年のフランスのGuyotの本では剣を使っており、床に広げられたカードに突き刺していました。その後、剣を使った方法が多くの本に登場します。テーブルに広げたカードにナイフを使うのは、1896年のチャールズ・バートラムの本”Isn’t it Wonderful?”に初めて解説されます。また、1897年のRoterbergの本では、1枚の方法と3枚を探し出す方法の二つが解説されるようになります。いずれも、最初から目隠しして客にカードを選べせ、それをデックのトップへ持ってきてテーブルへ広げています。アードネスは客のカードをトップへ持ってきた後で目隠しをするようにしただけでなく、1枚のカードを当てるだけのシンプルな現象です。しかし、その後、客のカードをトップから2枚目へ持ってきて、テーブルへ広げる時にトップカードの下へ隠れるように配置して、そのカードを突き刺す面白さがあります。そして、大きな特徴が、地下の鉱脈を探し当てる棒の物語を加えていたことです。上記の2作品に関しては、以前のアードネスのコラムの中でも触れていますが、W.E.サンダースがアードネスであれば、二つの物語とサンダースの家柄や職業がピッタリ一致しています。最初の2作品を特別な物語にしていたことが、著者が誰であるのかの謎のヒントを与えているように思いました。
3 インビジブルフライト(見えない飛行)
二人が選んだカードの位置が入れ替わる現象です。1740年のフランスのGuyotの本に初登場し、1876年のホフマン著「モダンマジック」にも解説されますが、余分な同じカード1枚を加えて行う方法です。この場合にはフォースが必要となります。1890年のホフマン著「モアマジック」の本では、余分なカードを使わない方法が解説されます。アードネスはトップチェンジとパームチェンジをうまく使った方法に変えています。パームチェンジは1897年のRoterbergの本で発表された”Excelsior Change”のことで、最新の技法を使っているのですが名前を変えていました。現在ではダブルリフトを使って楽に行える演目となり、一般客にはそれで十分な効果を発揮しますが、マニアには通用しません。1984年のバーノンの”Revelations”の本では、アードネスの方法でマニアに演じて不思議がらせたことを報告されていました。
4 特定の並びのデックのトリック
エイトキングシステムにセットしたデックを使う現象です。このセットが最初に解説されたのは1805年のWilliam Frederick Pinchbeck著”The Expositor”のようです。サイステビンスシステムよりも古く、その後の本でもよく使われるようになります。1889年のホフマンや1897年のRoterbergの本にも解説されますが、それほど内容が豊富ではありません。アードネスはこの解説に6ページも使っているほど、たいへん興味を持っていたと考えられます。アードネスの本の特徴は、ブラインドシャフルによるフォールスシャフルで混ぜた印象を与え、様々な応用を紹介していたことです。その中でも重視した現象は、客が指定したカードの枚数目を当てたり、客が指定した枚数目にあるカードの名前を当てることです。この考えは、1901年のサーストンのカードマジックの本に解説されています。ただし、その本ではサイステビンスシステムが使われていました。
5 トラベリングカード
古いタイプのカードアップスリーブです。1867年にはフランスのロベール・ウーダンの本に解説され、その後は1876年と1889年や1890年のホフマンの本にも解説されるようになります。その頃は全てのデックを使い、客が選んだカードを指定枚数目で左袖を通って左肩より取り出していました。客のカードを取り出した後も、数枚ずつ左手のデックがなくなるまで左肩から取り出しています。アードネスの改良点は、右手のパームだけでなく、左手を使ったボトムパームも使って右肩から取り出していたことです。アードネスはギャンブル技法でボトムパームを重視し、それをマジックにも使い、現象が単調にならない配慮をされていました。
6 ロー・オブ・テンカード(10枚のカードの列)
この頃のセルフワーキングの傑作の一つで、現在でもそのまま演じて大きな効果が得られます。この傑作を知らないマニアも多く、かなり不思議がられます。1876年のホフマンの「モダンマジック」では15枚が使われ、1889年のホフマンの本では11枚になっています。1890年のホフマンの「モアマジック」では10枚の使用となり、アードネスに近い方法です。ただし、アードネスは当てるために最初に表向けるカードが左端となるのを避けるために、最初は演者が実演するようにしています。それにより、左端を表向けずに、2回目の移動から客にさせている巧妙さがあります。
7 アクロバティックジャックス
1789年のフランスのDecrempsの本が最初で、英語の本では1859年のDick & Fitzgerald発行”The Secret Out”が最初のようです。その後の多くの本に掲載されていますが、アードネスとほとんど同様な方法が、1889年のホフマンの本に解説されています。アードネスは4Jを使うように変えて、調教したデックの話を加えています。この進化系で有名なのが「スターズ・オブ・マジック」のBert Allertonの”Pump Room Phantasy”です。
8 読心術
1740年のフランスのGuyotの本に初解説され、英語の本では1863年のDick & Fitzgerald発行”Parlor Tricks with Cards”や1888年のKunardの本に解説されます。アードネスはストックシャフルを使い、4枚のカードをトップから9と10枚目、そして、17と18枚目に持ってきています。このトリックは1961年のバーノンの”Out of Sight Out of Mind”として発展しています。バーノンの方法では、9枚のカードをデックの3か所に3枚ずつ分けています。
9 超念力
エニーカード・アット・エニーナンバーの最初の頃の方法です。客が自由に思ったと思わせたカードをトップから8枚目に持ってきています。別の客に1から10の間の好きな数を言わせる方法です。1867年のロベール・ウーダンの方法や1889年のホフマンの本での方法では7枚目に持ってきています。1897年のRoterbergの本では8枚目にしています。アードネスは二人の客に数とカード名をささやき合ってもらう演出が加えられ、別の数が言われた場合の対処も書かれています。
10 アクメ・オブ・コントロール(コントロールの極致)
よく似た2枚を使う方法で、アードネスはダイヤの5とハートの4に対して、ダイヤの4とハートの5を使っています。フォースした2枚をはっきり覚える時間を与えずにデックを渡して、その中へ入れて自由にシャフルさせているのがアードネスの巧妙な点です。そして、客が指定した位置から2枚を一緒に出現させています。1987年のRoterbergの本が最初で二つの現象の解説があります。1984年の”Revelations”の本でバーノンは、最近では子供向けの本によく取り上げられているが、うまく使えば大人にも効果的だと言っています。1988年の”The Vernon Chronicles Vol.2”の”The Corsican Climbers”では、2枚の繰り返しのアンビシャス現象に使われていました。
11 カードとハンカチ
デックをハンカチに包み、客のカードがハンカチを貫通して下から抜け出す現象です。原案者に関してはいろいろな説があるためにはっきりしていません。1896年のドイツ語のConradiの本が最初のようで、英語では1987年のRoterbergの本が最初となります。そこでは、ウォンドで叩いて振動を与えてカードを出現させていました。1898年の英国のStanyonの本でウォンドを使わずシェイクする方法が解説され、アードネスも同様な方法になっています。
12 トップ・アンド・ボトム・プロダクション
クラシックの名作「レディース・ルッキンググラス」のアードネス版です。19世紀初期のフランスのComteによる考案で、その後、フランスのPonsinやロベール・ウーダンの本に解説されます。英語の本では1876年の「モダンマジック」に掲載され、1889年のホフマンの本でセリフも加わります。アードネスはこの方法を元にして改良しているようです。4人に2枚ずつ選ばせたカードを、毎回、トップとボトムから出現させています。4人目の2枚は、デックを投げ上げた中から2枚をつかみ取る演出です。ブラインドシャフルを使ってカードをコントロールしている点でアードネスらしさがあります。
13 3枚のエース
2枚の黒いAによりハートのAをカバーして、ダイヤのAに見せる策略が使われています。このアイデアはアードネスの考案です。この3枚のAをデックの中へバラバラに入れて、一瞬で3枚を中央に集める現象にしています。カードを他のカードで部分的にカバーして他のカードに見せる考えは、1896年のドイツのConradiや1987年の米国のRoterbergの本に解説されています。それらはダイヤの9の両サイドを2枚の黒AでカバーしてダイヤのAのように見せています。ハートのAも一方のエンド側をカバーして、4枚のAがあるように見せています。こちらの現象は、この4枚をデックへ入れてシャフルさせ、客に4枚のAを取り出させると3枚しかなく、ダイヤのAを演者のポケットから取り出しています。1984年のバーノンの”Revelations”の本には、アードネスの方法は子供向けの指導マジックとして優れていると書かれていました。
14 カードと帽子
伏せた帽子の下へ客のカードが移動する現象です。1693年のフランスのOzanamの本に初解説され、1889年と1890年のホフマンの本で英語で解説されます。アードネスは客のカードを客の両手に挟んで持たせ、それを客にデックへ入れてシャフルさせる新しい試みを加えています。そして、客のカード名を当ててから、帽子の下へ移動させています。
今回の調査で最も参考になった本が、1991年発行のBart Whaley & Jeff Busby共著”The Man Who Was Erdnase”です。アードネスの本の技法や奇術作品の元になった文献を紹介されていました。原案の文献やアードネスが影響を受けたと思われる文献まで書かれていたので大変助かりました。それを元にして、それぞれの文献での内容を確認しました。また、1984年のバーノンのRevelationsの本も参考にしましたが、バーノンのコメントが少なかったのが残念です。それでも大いに参考になりました。1991年のDarwin Ortiz著”The Annotated Erdnase”の本はコメントが多いのですが、アードネス以降の発展の記載が多く、今回の調査での関わりは少しだけでした。
参考文献では、今回の調査に関係した文献だけにしました。その中で最もアードネスに影響を与えていたのが1889年のホフマンの”Tricks with Cards”であることが分かりました。次がRoterbergの”New Era Card Tricks”です。1885年のSachsの”Sleight of Hand”第2版も影響を与えていると思っていましたが、違っていたのが意外でした。その本にも関連した解説がありますが、その後の改善して書かれた本の影響の方が大きかったようです。
奇術編での五つのシフトですが、カバーがなかったり減らして、素早い動きを重視していたのが面白いと思いました。これらの中で本から影響を受けていたのはシャーリエシフトとダイアゴナルパームシフトです。この二つとも、1889年のホフマンの”Tricks with Cards”の影響が大きいことが分かりました。奇術作品も当時の最新のものを取り入れて、より不思議で面白いものに改良しようとされていたことが伝わって来ます。調査分析する能力が高く、かなり教養のある人物がアードネスだと思いました。