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コラム

第114回 ニック・トロスト・絵札セルフワーキングの改案の魅力(2023.11.17 up)

はじめに

前回のコラムでは、1978年の片倉雄一レクチャーの内容を報告しました。技法を中心とする演目の中で、なぜか最後にニック・トロストのセルフワーキングをアレンジして演じられました。その頃の私はセルフワーキングが大嫌いでしたが、原理の面白さに興味を持つきっかけとなりました。片倉氏が演じられたのはトロストの原案ではなく、加藤英夫氏が改良された方法をさらにアレンジされたものでした。ニック・トロストの原案のままでは、それほど魅力を感じなかったと思います。加藤氏と片倉氏のおかげでセルフワーキングの面白さを感じ始めました。

もちろんトロストの原案の発想も素晴らしく、スチュワート・ジュダが “Out of This World” と同じくらい独創性があると言ったことが解説の冒頭で報告されています。発想の素晴らしさがあるからこそ問題部分を改良したくなります。なお、ジュダは米国の有名マジシャンで多数の作品を発表された研究家です。“Out of This World” はダイ・バーノンが100年に一度の傑作と言ったことが知られています。

2015年6月13日に大阪でビル・グッドウィンのレクチャーが開催されました。彼はマジック・キャッスルの図書室で勤務していますが一流のクロースアップマジシャンです。技法を使ったオリジナル作品がレクチャーされた最後に、なぜか今回のニック・トロストの改良版のセルフワーキングをレクチャーされました。Tom Hubbardの改案を彼が少しアレンジされた方法です。なぜ最後にそのセルフワーキングであったのかが奇妙に思いました。ニック・トロストも1997年の本の中でHubbardの改案を「究極のバージョン」だと絶賛しているほどであり、それだけ魅力があったのだと言えます。

今回のニック・トロストの絵札セルフワーキングにはいくつもの奇妙な点があります。最初に発表された年数が、その後のほとんどの本に書かれていませんでした。ネットで調べても同様です。また、最初は “Court Card Conclave” のタイトルでしたが、その後は “Matched Picture Cards” に変わっていました。さらに、その後の改案がオリジナルの原理から大幅に変わった方法が中心になっていました。今回は、それらについての報告が中心ですが、2番目に興味があった “The Gathering of The Court Cards” についても取り上げます。9枚の絵札を使ったセルフワーキングです。これにもいろいろと問題がありますが、発想が素晴らしく、改案したくなる魅力があります。なお、ニック・トロストの作品には、似たタイトルや似た現象のものがあります。混乱しないように、それらの違いについても報告することにしました。

Court Card Conclave、Matched Picture Cardsについて

12枚の絵札をトップから2枚ずつ取って表を見せると、色もJQKも違う6組のペアが示されます。再度トップから2枚ずつ表向けると、同色で同数(JQK)のペアが次々と現れます。

この作品の発表は1964年の “3 Pet Secrets” の中で解説されます。そのことを見つけるためには思っていた以上の時間がかかりました。その解説は本としての発行ではなく、ニック・トロストの商品として発売されていたようです。3作品の解説文章だけの商品で、その中の1作品です。そのことを知らなかったために、マジック雑誌や彼が発行した作品集ばかり調べていたので遠回りしていました。ニック・トロストは1950年代から多数の作品を発表していますので調べるのが大変です。しかし、調査に役立ったのが冒頭で報告しましたスチュワート・ジュダでした。調査の途中でジュダのことも調べますと1966年に亡くなっていることが分かり、その年までの作品調査でよいことになりました。結局、それらを調べても見つからず、やっと分かったのが1965年のLinking Ring誌11月号の商品の批評欄でした。“3 Pet Secrets” の商品の中で解説されていることが分かりました。1965年11月号での記事ですので、この段階では1965年の発表作品だと思っていました。

その後の調査では、1997年の “The Card Magic of Nick Trost” の本に記載されていることが分かりました。解説部分には発表年の記載がなかったので気付くのが遅くなりました。本の最後に作品リストがあることが分かり、発表年が1964年になっていました。上記の1965年とは違っていますが、1964年が正しいようです。1995年発行の英語版「カード・カレッジ Vol.1」の中のこの作品では、 “3 Pet Secrets” の名前だけが記載されていました。年数の記載がなかったのですが、1996年度版では本の最後の参考文献欄に1964年発行の記載が加わります。日本語版は1996年度版を翻訳されていました。

1976年のニック・トロスト著 “Subtle Card Magic Part 2” では、既にタイトルが “Matched Picture Cards” に変わっていました。そして、スチュワート・ジュダのハンドリングでの解説に変わっていました。原案は絵札をセットした状態から始めていますが、ジュダはシャフルしたデックから絵札を取り出すところから開始しています。新たなタイトルもジュダがつけた名前であったことが1997年の本で報告されていました。なお、1977年の高木重朗著「カード奇術入門」日本文芸社発行では、トロストの原案の方法で解説されていました。海外では原著以外で原案が解説されていたのは、1983年のニック・トロスト著 "Classic Card Tricks” だけです。これらの本には、原案の発表年の記載がありませんでした。

原理の最初の改案者が加藤英夫氏

ジュダはハンドリング部分を変えていますが原理はそのままです。原案の原理は、それまでになかった発想が素晴らしいのですが、いくつもの気になる点がありました。12枚の絵札を使うと言っていますが、1枚はデックのトップに残し、残りの11枚を12枚として演じています。この11枚は分かりやすい配列になっていますのでセットしやすいのですが、セットが発覚する恐れがあります。表を客に見せることができません。もっと大きな問題が、この11枚をデックへ戻して、トップから2枚ずつ取り出している点です。面白い原理ですが、パケットをデックへ戻すのが不自然であり、デックを使わずに12枚だけでできないのかと思ってしまいます。

原理の最初の改案者が加藤英夫氏です。上記の全ての点を改良されていました。デックを使わず12枚の絵札だけの使用です。また、最初に12枚の表をはっきりと見せることもできます。1972年に日本マジックアカデミーから「やさしいカード奇術」が発行され、その中で「不思議なペアー」のタイトルで解説されました。12枚をJQKの3つの山に分けた状態から、裏向きにして分かりやすい方法でセットが作られていました。それを片倉雄一氏は、3つの山を表向きでスプレッドして、12枚がよく見える状態から順に取り上げてセットされていました。これは1978年の大阪レクチャーでの解説です。私はこの表向きのセットに興味がひきつけられ、完全にバラバラであるのに、その後一気に同色同数のペアばかりになったことが強く印象に残りました。前回のコラムでは、この改案が片倉氏の考えのような記載になっていました。しかし、その後の調査で加藤英夫氏の改案が最初で、それを片倉氏がアレンジされたものであることが分かりました。

海外でもデックへパケットを戻すのが不自然との考えで、絵札の12枚だけで演じる方法が発表されます。1980年にアル・スミスが “Cards on Demand” の中で “Court Card Connexion” のタイトルで発表しています。しかし、整列したセットのままであるので、12枚の表を見せることができません。1990年のNorman Houghtonの改案で、やっと12枚の表を見せることのできるセットになります。1990年8月号のThe New Tops誌に掲載されます。加藤氏の発表から18年後です。加藤氏とHoughton氏のセットの作り方は違いますが、いずれも分かりやすい方法で同じセット状態にしていました。1978年の片倉レクチャーでは、加藤氏のセットを作る方法を表向きで全てのカードが見える状態にされていたのが印象的でした。

次の新しい段階の改案が、Tom Hubbardによる2枚を横にずらしたまま他の2枚へ重ねる方法です。ずらした状態で重ねられたマッチしていない6ペアを取り上げて、上から順にずれたままの2枚を示すと同色同数のカードになっている面白さがあります。1991年のThe New Tops誌4月号に掲載されます。海外のこれらの方法は1997年のニック・トロストの本に再録されることになります。

さらに私の好きな改案が、8枚だけ使用のロイ・ウォルトンの “The Apprentice Matchmaker” です。見習いの結婚の仲人といった意味のようです。1999年のGenii誌4月号の発表で、4Kと4Qだけを使っています。一致していない4つのペアが同マークのKQのペアになる現象です。これらは興味深く、私も改案を考えたくなる魅力がありました。

The Gathering of The Court Cardsについて

9枚の絵札によるセルフワーキングです。前記の12枚の絵札の原理と似ている点があります。違いは2枚ずつ見せるのではなく3枚づつにしています。JQKの3枚ずつの3つのパケットが、J3枚、Q3枚、K3枚に変化します。9枚のJQKを見せますが実際には10枚が使われ、デックの上へ置くことにより1枚を処理することになります。問題点は12枚の前記作品よりも余分な繰り返し操作が加わることです。また、最初がJQKであったことをしっかりと記憶されていなければ、同数の3枚づつに変わった現象が分かりにくい点も問題です。記憶の負担をかけることになります。この改案が1997年のニック・トロストの本に数作品発表されますが、いずれも原理や方法の大きな違いがありません。現象を分かりやすくするためのストーリーが付けられたり、本来とは逆の現象が発表されたぐらいです。この作品においてもデックを使わずに9枚だけで演じることが考えられますが、結局、2000年までにはそのような改案が見つかりませんでした。仕方ないので自分で改案することにしました。

私の改案が2000年のToy Box Vol.4 と2001年のToy Box Vol.5 に「9カードパズル」として発表しましたが、たいへん楽しめた改案作業となりました。特に2001年の改案では、客と演者がJQK3組の9枚づつを持って同じ操作を行い、客の方が不思議な現象が起こるようにしました。演者は元のJQK3組に戻るのに対して、客は何故かJ3枚、Q3枚、K3枚の配列に変わってしまいます。けっこう好評でした。2015年にはもっとシンプルな方法に改良し、演出も新しくするために567のカードを使った作品を完成させました。これは2024年5月発行予定の大阪奇術愛好会・IBM大阪リング発行 “The Svengali No.27” に掲載を考えています。

似たタイトルや現象の作品について

ニック・トロストは1964年から65年にかけて絵札使用の配列が変わる5作品を発表しています。混乱しやすいので、それぞれの違いについて簡単に報告します。最初の2作品はCard Problemsの冊子で解説され、少しの技法を使います。残りの3作品はセルフワーキングです。最後のRoyal Rendezvousは他に比べ少しだけ複雑な現象で、1作品だけ解説された商品として販売されました。

1964 A Cardman’s Puzzle Card Problems アディション技法使用
  各マークのJQKが、J4枚、Q4枚、K4枚に 12枚使用

1964 Courtship Card Problems ビドルムーブ使用
  Q4枚とK4枚が、同マークのKQの4ペアに 8枚使用

1964 A Card Puzzle Cardman’s Packet セルフワーキング
  JQKの3つのパケットが、J3枚、Q3枚、K3枚に 9枚使用
  1971のThe New PentagramでThe Gathering of The Court Cardsの名前に

1964 Court Card Conclave Three Pet Secrets セルフワーキング
  色も数(JQK)も違う6組のペアが同色で同数のペアに 12枚使用
  1976のSubtle Card MagicでMatched Picture Cardsの名前に

1965 Royal Rendezvous (王家のランデブー)商品 ほぼセルフワーキング
  J4枚、Q4枚、K4枚の山を使った入れ替わり現象 12枚使用

ニック・トロストについて

ニック・トロストは1935年3月16日~2008年10月23日で享年73才でした。1950年代から作品を発表していますが、有名になるのは1955年のLinking Ring誌2月号の「ワンマン・パレード」です。数作品が掲載され、その年にはIBMから受賞されています。1957年7月にも「ワンマン・パレード」で数作品を発表しています。1961年から発行が開始されたNew Tops誌では、1994年までの34年間に毎月1作品の発表を継続されていました。多数のパンフレット状の作品集を発行し、1964年や65年頃には解説書だけの商品もいくつか発売されていました。それらをまとめたとも言えるハードカバーの本が1997年の “The Card Magic of Nick Trost” です。さらに、亡くなった2008年から2023年までに300ページもある作品集 “Subtle Card Creations” を第9巻まで発行されていたことに圧倒させられます。また、パケット・マジックの商品も多数発売されていました。

おわりに

ニック・トロストの作品からは影響をいろいろと受けましたが、その中でも今回の2作品のセルフワーキングの影響が大きかったと言えます。発想は面白いと思いながらも気に入らない点がありました。それを加藤英夫氏や片倉雄一氏、そして、Tom Hubbard氏の改案により興味を持つようになり、嫌いであったセルフワーキングの面白さに気付かされることになります。できればセットをなくし、方法をもっと簡潔にし、現象をもっと面白く意外性のあるものにしたくなります。最初に考えを生み出したニック・トロストの功績は大きいのですが、それを改案したそれぞれの人物の功績も同様に素晴らしいと言えます。

参考文献

1964 Nick Trost A Cardman’s Puzzle Card Problems

1964 Nick Trost Courtship Card Problems

1964 Nick Trost A Card Puzzle Cardman’s Packet

1964 Nick Trost Court Card Conclave Three Pet Secrets

1965 Nick Trost Royal Rendezvous 1作品解説商品

1971 Nick Trost The Gathering of The Court Cards The New Pentagram Feb

1972 加藤英夫 不思議なペアー(ニック・トロスト) やさしいカード奇術

1976 Nick Trost Matched Picture Cards Subtle Card Magic Vol.2

1976 Nick Trost The Gathering of The Court Cards Subtle Card Magic Vol.2

1977 ニック・トロスト 絵札のパーティ 高木重朗著カード奇術入門

1980 Al Smith Court Card Connexion Cards On Demand

1983 Nick Trost Court Card Conclave Classic Card Tricks

1990 Norman Houghton Matched Picture Card The New Tops Aug

1991 Tom Hubbard Matched Picture Card The New Tops April

1994 二川滋夫 Matching Mates 5作品 マジックハウス6号

1995 Nick Trost Court Card Conclave Card College Vol.1 by Roberto Giobbi

1997 Nick Trost 上記多数作品再録 The Card Magic of Nick Trost

1999 Roy Walton The Apprentice matchmaker Genii April

2000 ニック・トロスト 絵のカードの秘密会議 加藤友康訳 カード・カレッジ1

2000 石田隆信 9カードパズル Toy Box Vol.4

2001 石田隆信 9カードパズル2とその関連マジック Toy Box Vol.5

2004 加藤英夫 マッチングペアーズ 教科書カーディシャン小学コース

2008 Nick Trost Court Card Conclave Subtle Card Creations Vol.1

2008 Nick Trost The Court Card Swindle Subtle Card Creations Vol.1 


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