今回は本分が長いので、早速、本題に入りましょう。この映画はマジシャンが主人公なので、マジック・シーン満載です。父譲りのマジックの神童ダニーは得意の芸で、からかい半分に市長の息子から財布をスリますが、それが元で犯罪に巻き込まれ、命まで狙われるというストーリーです。予告編をご覧下さい。
原題: The Escape Artist
監督: Caleb Deschanel
原作: David Wagoner
出演: Griffin O'Neal (Danny Masters), Raul Julia (Stu Quiñones), Teri Garr (Arlene), Joan Hackett (Sibyl), Gabriel Dell (Burke), Harry Anderson (Harry Masters)
テクニカル・アドバイザー: Ricky Jay
ロック・コンサルタント: Bill Liles
イリュージョン・デザイン&コンストラクション: John Gaughn
配給: ワーナーブラザース
公開: 1982年
上映時間:94分
製作国: アメリカ
ダニーを演じるグリフィン・オニールは、見た目は父親のライアン・オニール、演技は姉のテイタム・オニールに驚くほど似ています。ダニーの父はハリー・フーディニ以来の脱出王と言われるマジシャン、ハリー・マスターズ。演じるのはハリー・アンダーソンで、彼はリッキー・ジェイと同様、映画やドラマにちょこちょこと出演していました。オープニング・タイトルが出る前に、部屋の壁に貼られている父親のポスターが映ります。タイトルが終わり、ハリー・ブラックストーンの言葉、“If you aren’t sure what’s going on, boy, just stand still and point in the wrong direction”(何が起きているのか戸惑ったらじっとして、違う方向を指差すのだ)が流れます。映画はダニーが独房から脱獄できると新聞社に売り込むところから始まり、独房に入る前に身体検査をされます。刑務所長が身体検査をし、靴を調べると秘密の蓋が開いてミリフラが飛び出してきます。そこから長い回想シーンに入ります。
父親は詐欺で捕まり、脱獄しようとして撃たれて死んでおり、祖母の家に引き取られています。ダニーの部屋のベッド脇のテーブルの時計の下にはEdwin Sachsのハードカバー「Slight of Hand」が置かれています。台所で人参の皮を剥き、一片を取って水の入ったコップに入れると金魚になる(人参片をサム・パーム?)。6分、祖母のところから家出をし、叔父叔母のところへ行くために荷造りをする際に、トランクに洋書「The Expert at the Card Table」「Okito on Magic」「Technique of Safe & Vault Manipulation(鍵開けの本で、アマゾンで買えます)」、アリストクラットの青裏デック、ジャグリング用の3個のカラー・ボール(赤、黄、緑)、手錠を入れます。叔父叔母もマジシャンで、アート・シアター・トーカン・クラブでバークとシビルという芸名で当て物をやっています(客の品物を、目隠しをした助手のシビルが当てる)。最後はドコルタ・チェアですが、女性はただ消えるのではなくマネキン人形になります。ダニーは2個のボールを片手でジャグリング(シャワー)しながら、その劇場に入ってきます。家で叔父にアリストクラットの赤裏デックから1枚引かせますが、「またカード当てか!」と興味を示さないので、代わりにオイル&ウォーターを行います(リッキー・ジェイの原案は「不思議 Vol.2 No.5」に載っています(高木重朗解説)。又、映画のパンフレットでは季刊誌「不思議」の編集者、岡田喜一郎氏が解説を書いていますが、この手順の第一弾も種明かしをしています。簡素な文章で図も無いので、一般の人が読んでもできるとは思えません)。
原案ではオイル&ウォーターからアンチ・オイル&ウォーターへと続き、最後にオイル&クィーンという手順ですが、字札と絵札をスイッチするところでデックとの接触があり、動作も自然ではなく、この部分が欠点でした。片倉雄一氏のバリエーションはこの部分を実にうまく解決しています。因みに、片倉氏はダローの考え(それを見た観客が現象をひと言で説明できるよう同じ現象を繰り返すべきで、例えば、アンビシャス・カードでは必ずトップから客のサインしたカードが出てきて、ボトムから出たり、財布から出したりすべきではない)にのっとり、原案にあった、混ざるという現象を排除しています(まあ、最後は4枚のQになってしまいますが...)。話が逸れましたが、その後、ダニーは懐から財布を出し、中からは先ほど、叔父が引いたカードが出てきます。叔父は「時代遅れの、財布から出てくるカード・マジックだ」と言いますが、その財布自体が叔父のものなので意外性のある現象です。Jeff Kaylor & Michael Ammarの「Any Signed Card to Any Spectators Wallet」という商品があり(下記デモ動画参照)、そのトリックでは客に客の財布を取り出してもらって、そこから客のサインしたカードが出てくるという現象ですが、更にそれの上をいって、ダニーは自分の懐から叔父の財布を取り出し、そこから選ばれたカードが出てきます(そのシーンが先の予告編で一部見られます)。
ダニーが寝ている時に、叔父は叔母に言います。「あいつの成れの果てはカード・マジシャンだ。せいぜい低レベルの手品だろう」一般の人達はカード当てにはうんざりしており、良い印象を持っていないのを、ドラマや映画で見かけることがあります(ダイ・バーノンは、デックからカードを1枚引いてもらおうとしたら、それは見たことがあると言われたそうです)。部屋にあった引き出し箱(例としての写真はミカメクラフト製)の引き出しを引くと中は空ですが、閉めた後、1度傾けてから再び引くと札が入っているというシーンは、後の伏線です(逆方向に傾けると中のものが消えている)。
物置には父親が使っていた水槽脱出の道具やポスターが埃を被っています。マジック・ショップ、American Magicへ行き、入る時に呪文「オープン・セサミ」を唱えるように言われます。ここは勿論、ロスにあるマジック・キャッスルの真似です。店主はツタンカーメン王が棺に入った商品を紹介します。ミイラが3個(3色)あれば、好きな色のミイラを棺に入れて蓋をし、演者は何色を入れたか当てるという現象なのですが、大型で1個しかないので別の現象、例えば客が棺にミイラを入れようとしても飛び出してきてしまい、入れられないといったものでしょう。
3ボールでカスケードをやっていると、店に市長の息子、スチューが来ます。ここの店では他に、蠅入りの氷、腕のギロチンなどが出てきます。ダニーはスチューにカード・トゥ・ワレットを見せると言い、店のテーブルに置かれていたバイシクルのニュー・ファン・バックから1枚引かせようとしますが、引いたカードを破って捨てられます(店のもののはずなのに、ダニーは残りのデックを自分のポケットに入れてしまいます)。頭にきたダニーはスチューの財布(実際には、市長でもある父親のもの)をスリ、手錠で柱に繋いで逃げます。27分、ダイナーで料理を注文した後、ハーフ・ダラーでリバース・コイン・ロールをした後、テーブルに置いてメニューでカバーすると消えます。ウェイトレスのサンドラにパース・フレームから$100札を出して見せます。
32分、スチューは取られた財布を取り戻そうと家まで追いかけて来ます。身体検査をされますが、スチューの手下の上着のポケットにこっそり入れ、その後、引き出し箱に入れて消すことで危機を逃れます(引き出しを引くとオルゴールの曲が流れますが、音楽が鳴るというのは見たことがありません)。38分、物置に置いてあった水槽で父の真似をして水槽脱出を試みますが、鍵を落としてしまい、溺れそうになったところを叔父が来て助けてくれます(ここは迫真の演技ですが、撮影中に本当に溺れていたそうです)。61分、冒頭のシーンに戻り、独房に入れられても1時間で脱獄できると、フーディニばりに新聞社へ売り込みます。これは市長の金庫に財布を返すためと、脱獄に失敗して撃たれて死んだ父への弔いの意味もあったのでしょう。
手錠と足枷を填められますが、口の中とパンツに隠してあった小道具で外し、独房を抜け出し、廊下では脱獄しようとして射殺された父親の幻を見ます。その死体には布が掛けられ、浮遊します。ダニーが布を捲って父の顔を見て、布を再び被せてから引くと、消えており、前の鉄格子が開くところは父を乗り越えたというイメージのなかなか良いシーンです。そして市長の部屋に忍び込んで金庫を破りますが、これは実際に金庫破りで使われそうな方法でした。78分、再び、バークとシビルのショーのシーン。ここではドコルタ・チェアの種明かしがされています。物語が終わり、最後にダニーが道路を歩いて去っていくところでミリフラが散ります。
40分ぐらいまでは手品が沢山出てきます。嬉しいのは多くが、編集で繋いだりせずに、ワン・ショットでやっていることです。リッキー・ジェイの拘りでしょうか?因みに、彼は40人のマジシャンの中からアドバイザーとして選ばれ、他にもイリュージョンのアドバイザーとしてジョン・ゴーンなどを招聘したそうです。リッキー・ジェイは著書が何冊もあり、日本語に翻訳されているものもありますが、手品を解説したものはカード・シューティングについて書かれた「Cards as Weapons」のみだと思います。又、自分の名前が入ったデックも出しています。
エンド・タイトルには、Special Thanksとして、Frank Garcia、Steve “Mr.Escape” Baker、Mark Wilsonの名前も出てきます。フランス人の監督による押さえた画調はアメリカ映画らしくなく、思春期のほろ苦い思い出といった感じで、ピアノのエンディングも雰囲気を表しています。
ストーリーにしっくりこないところ、例えば、脱獄する独房が市長の執務室と併設されていること、何故、金庫に返すのか、などがあり、映画の評価自体も高くはありません。原作は1965年に出版されたものなので、その当時であれば、ありえたシチュエーションかもしれません。アマゾン・プライムにはありませんが、U-NEXTでは見られます。因みに「マジック・ボーイ」という漫画、「マジック・ボーイズ」という犯罪映画、「The Escape Artist」というイギリスのテレビ・ドラマがありますが、無関係です。
下記動画でMr.マリックの映画に対するコメントが聞けます。1982年公開ですので、氏が五反田でマジック・ショップをやっていた頃です。
Mr.マリックが人生で一番影響を受けたマジック映画「マジック・ボーイ」
今月放送予定の、マジック・シーンが出てくる映画・ドラマの情報です。第1回で紹介した「スティング」や前回紹介した「007トゥモロー・ネバー・ダイ」が放送されます。古畑任三郎はデアゴスティーニから出ている「隔週刊 古畑任三郎DVDコレクション」にも収録されています。「今からショータイム」は、幽霊と意思疎通がはかれるマジシャンと女性警察官が事件解決に奔走する韓国の連ドラです(全16話)。
9月2日 18時41分~ 「警部補・古畑任三郎 第1シーズン第9話 殺人公開放送」 日本映画専門チャンネル
9月3日 18時35分~ 「ミッション:インポッシブル」 BS日テレ
9月4, 11, 18, 25日20時~ 「今からショータイム」 KNTV
9月4日 20時30分~ 「ケイゾク 第4話 泊まると必ず死ぬ部屋」 TBSチャンネル2
9月4日 21時20分~ 「ケイゾク 第5話 未来が見える男」 TBSチャンネル2
9月5日 18時50分~ 「ケイゾク 第8話 さらば!愛しき殺人鬼」 TBSチャンネル2
9月7日 13時40分~ 「リーサル・ウェポン2炎の約束」 テレビ東京
9月7日 21時~ 「007トゥモロー・ネバー・ダイ」 BS日テレ
9月9日 16時15分~ 「警部補・古畑任三郎 第2シーズン第8話 魔術師の選択」 日本映画+時代劇
9月9日 17時56分~ 「警部補・古畑任三郎 第2シーズン第8話 魔術師の選択」 日本映画専門チャンネル
9月10日 23時~ 「ケイゾク 第8話 さらば!愛しき殺人鬼」 BSTBS
9月12日 0時~ 「名探偵ポワロ ダベンハイム失そう事件」 AXNミステリー
9月22日 13時30分~ 「スティング」 ムービープラス
9月24日 19時30分~ 「M:I-Ⅲ」 BS日テレ
9月28日 20時~ 「007カジノロワイヤル」 BS日テレ
10月1日 1時40分~ 「スティング」 ムービープラス
グリフィン・オニールとくれば次回はテイタム・オニールで、アカデミー助演女優賞を受賞したあの映画を紹介します。
David Wagoner:『The Escape Artist』(Farrar Straus & Giroux, 1965)
Ricky Jay:「オイル・アンド・ウォーター」『不思議Vol.2 No.5』(マジックマガジン社, 1983) p.29
Ricky Jay:『Cards as Weapons』(Warner Books, 1977)
Ricky Jay:『世紀末奇芸談』(パピルス, 1995)
鍵と錠の研究会:『最新鍵開けマニュアル』(データハウス, 2001)