前回、片倉雄一氏の「オイル&ウォーター」について書きましたが、読者の方から「発表されていないのか?」という質問がありました。片倉氏の多くの作品は発表されておらず、没後、ある方が作品集を出版するという話になりましたが、それから約30年経つのに未だに出る気配すらありません。どうなったのか誰か教えて下さい。
因みに、プレイフェアからは、片倉氏の書き残したノート「片倉メモ」、「誰得奇術研究7(特集片倉雄一)」が発売されています。氏の名前を初めて聞いた方には勧められませんが、ひと昔前のマジシャンやクラシックなマジックに興味のある方、片倉氏の演技を見たことがある方には面白い読み物でしょう。本題に入りましょう。まずは予告編から。1本目はアメリカでの予告編ですが、NGシーンも含まれています。
原題: Paper Moon
監督: Peter Bogdanovich
原作: Joe David BrownによるAddie Pray
製作: Peter Bogdanovich
脚本: Alvin Sargent
出演: Ryan O'Neal(Moses "Moze" Pray), Tatum O'Neal(Addie Loggins), Madeline Kahn(Trixie Delight)
配給: パラマウント映画
公開: 1973年
上映時間:103分
製作国: アメリカ
不況の1930年代、訪問販売で聖書を売りつけて歩く詐欺師のモーゼスと、母親を交通事故で亡くした9歳の少女アディとの、互いの絆を深めていく物語を描いたロード・ムービー。テイタム・オニールは10歳(撮影当時9歳)でアカデミー助演女優賞を取り、史上最年少記録は未だに破られていません。
ピーター・ボグダノビッチ監督は同じライアン・オニールと組んだコメディ映画「おかしなおかしな大追跡」のように笑いを取るシーンが上手です。他にはシリアスな「ラスト・ショー」も名作です。
映画では釣り銭詐欺が3回出てきます。最初は23分のところで、モーゼスは雑貨屋で15¢のリボンを買い、$5支払ってお釣りを貰います。札が多いと財布がパンクすると言って、$1札を5枚渡し、$5札と交換して欲しいと言って、相手が$5札を出してきたら、やっぱりこの$5と今渡した$5とで$10札に両替して欲しいと言います($5の儲け)。34分では、雑貨屋でまずモーゼスが$20札で25¢の買い物をして、お釣りを貰って店を出ます。次にアディが店に行き、$5札で25¢の化粧水を買います。お釣りを貰った後で、「釣りが足りない、$20札を出した。ヘレンおばさんから誕生日に貰ったもので、札の裏には誕生日おめでとうと書かれている」と言います。店長がレジを調べると確かに、メッセージが書かれた$20札があります($15の儲け)。勿論、モーゼスが払った$20札に予め書いておいたのです(中国のタクシーでは、降りる時に料金として札を差し出すと、偽札とスイッチして「これは偽札だ!」と突っ返してくる詐欺があり、実際に知り合いの台湾人が引っかかりました。金を取られてもいいから、スイッチがどれだけ上手いのか見てみたかったです。残念ながら、今では現金が殆ど使われていないので、消えゆくトリックです)。その直ぐ後、37分のところでは、アディが綿菓子を買う際に、最初の方法で$5せしめています。
原題は「アディ・プレイ」という女の子の名前でしたが、監督は気に入りませんでした。そこで、ビリー・ローズ、イップ・ハーバーグ、ハロルド・アーレンの歌「It's Only a Paper Moon」から取った「ペーパー・ムーン」という題名にしてはどうかと、友人でもあるオーソン・ウェルズに聞いたところ、良いタイトルだと言われ、変更することになりました。
それに伴い、カーニバルの写真屋で紙製の月にアディが乗って記念写真を撮るシーンを追加しました。そして映画が公開されると、原作の題名も「ペーパー・ムーン」になりました。映画化により原題が変更されて小説が出版されることはたまにあります。
例えば、スティーブ・マックィーンの刑事映画「ブリット」は主人公の名前がタイトルですが、原作の主人公の名前はクランシーというものです。映画公開に当たって、日本語訳の小説のタイトルも「ブリット」で出版されましたが、当然、小説の中でどこにもブリットという人は出てきません。映画を知らない人が読んだら、疑問に思ったことでしょう。
「ペーパー・ムーン」に話を戻し、監督は王道を行くストーリーということで作ったそうで、個々の役者の演技もさることながら、無駄のない脚本で完成度は高いです。アディの父親は誰だか分からず、それがモーゼかもしれないという話が出てきますが(このシーンでの名台詞は和田誠氏の「お楽しみはこれからだ」(文藝春秋)に載っています)、演じた2人は本当の親子なので、顔立ちや動作に似ているところがあり、観客は2人は本当の親子かもしれないと思えるところは千載一遇の配役です。
最後にアディが追いかけてきて、連れてってくれと言うところで(写真参照)、坂道に止めてあった車が動いていってしまい走って追いかけ、嫌々ながらアディも車に乗せて去っていくというエンディングは理にかなった流れで、ここは原作とは違います。チャップリンの映画に代表されるように、昔は映画の最後で、主人公が背を向けて去って行くという終わり方がよくあり、そこにエンド・マークが重なるとひとつの完結した物語の印象を与えてくれました。オニール親子は色々とトラブルがあったり、薬物中毒、白血病と、華やかな舞台とは異なり幸せな人生を送っていたようには見えませんが、スクリーンの中では永遠に光り輝いています。続編の入り込む余地のない完成された映画で、必見です。U-NEXT、アマゾン・プライム(有料)などで見られます。
次回は、やはり釣り銭詐欺まがいのシーンがあるNHKのテレビ・ドラマ「月なきみそらの天坊一座」を取り上げます。
Joe David Brown:『ペーパー・ムーン』(ハヤカワ文庫, 1977)
栗田研:「映像の魔術 ペーパー・ムーン」『Four of a Kind Vol.19 No.2』(チェシャ猫商会, 2021) p.647