今回の前書きが誰の得になるかと言えば、「誰得奇術研究7」を読んで得した方です。色々と片倉雄一氏の情報を提供しましたが、そこには載らなかった没ネタを話しておきましょう。
https://www.playfair.cards/collections/books/products/bits-n-pieces-book-7
ダイ・バーノンの「マジックで名を成したいなら、他の人よりも上手く出来るものを持て」という言葉から、ポール・ハリスは「The P.H. Invisible Palm」をひたすら練習したという話が「Las Vegas Close-up」に書かれています。片倉氏はそれを読み、自分のペット・トリックとして「ダブル・ショック」をひたすら練習したそうです。因みに、氏の英語力はどの程度のものだったかは分かりませんが、洋書も読まれており、斜め読みしてポイントを掴んでいたように見えました。
片倉氏が他に参加したものとして、ノーム・ニールセンやランス・バートンらが出演した日本テレビ開局30周年記念番組があります。テレビで放送された会場とは違う別室で、ポール・ガートナーはウォンドの演技を披露しましたが、「ウォンドだけで手順を組んでいる」と言っていたのを覚えています(学生マジックではウォンドだけでひとつの手順を組むのは普通ですが、海外ではまず見られません。因みに、この演技はアメリカでは放送されていますが、日本では放送されていません)。
「マジックランドが精力的に海外から呼んでいた頃のマジシャンは殆ど見ていない」と言っていたことから、1978~1982年は長い休眠に入っていたようです。
氏の最後の名改案と言われているのは赤沼敏夫氏の「トリオ・ザ・ダイス」です。元々は鉄の棒に通した3個の穴あきダイスが1個ずつ抜けていく現象ですが、片倉氏の手順では棒と3個のダイスがバラバラにあり、棒に1個ずつ通っていくところから始まります。3個通ったところで今度は、棒から1個ずつ抜けていきますが、最後のところでは巧妙なサトルティが使われており、誰もが引っかかっていました(片倉氏は「赤沼さんも引っかかったと言っていました」)。因みに、この手順は映像でも残っておらず、色々な人が再現しようと試みましたが、徒労に終わりました。
「誰得奇術研究7」には片倉氏が考案した作品や商品の一覧表が載っていますので、氏の作品を知りたい方には役立つでしょう。それ以外だと、赤沼敏夫氏のシークレット・サブトラクションの片倉氏による改案は、ゆうきとも氏が高橋知之の名で発表した「Rubry Reset」に解説されています。パケット・マジックでエキストラ・カードをデック処理する方法としてこれは優れていると思います。又、氏のレクチャー・ノートは、ネット・オークションで稀に出品されることがあります。今回、同時発売された「片倉メモ」は「天海メモ」(オリジナルの方)と違い、他人が読んでも分かるように書かれています。
https://www.playfair.cards/collections/books/products/katakura-memo
50年前のメモで、多くは氏が見たり習ったりした手品ですが、ところどころに原案とは異なる点や、氏の感想が付け加えられています。従って、原案を知っていないとそこに気づかず、ひとつのトリックの解説として読み流されてしまうでしょう。例えば、ファントマ氏に見せられて驚いたというディレック・ディンゲルの「カラーチェンジング・トライアンフ」にはファントマ氏のサトルティが付け加えられており、その点についても書かれています。このサトルティは片倉氏のアイディアだと思っていましたが、「片倉メモ」を見て、ファントマ氏のものだと分かりました(ファントマ氏をご存じない方は、「不思議Vol.1 No.3」をご覧下さい)。そういった細かい点まで研究し、マジックを深く極めたいという人にはお勧めの一冊ですが、単にYouTubeで動画を見て、動作を真似るだけで満足している方には必要ないでしょう。
では本題に入ります。まずは予告編から。
原題: The Illusionist
原作: Jacques Tati
監督: Sylvain Chomet
脚本: Sylvain Chomet
音楽: Sylvain Chomet
配給: パテ
公開: 2010年
上映時間:80分
製作国:イギリス・フランス
アカデミー賞長編アニメ部門にノミネートされた作品。1959年のパリ。時代遅れの手品を披露するどさ回りの旅芸人、タチシェフはある日、スコットランドの離島にある小さな村の酒場で、電気が開通した祝賀パーティ?に出演します。酒場で働いていた少女アリスはタチシェフのことを本物の魔法使いだと信じ、後をこっそり追い、エディンバラまでついて行きます。タチシェフは思わぬ押し掛け家出人に驚きながらも、アリスを追い払わず、安宿で同居生活を始めます。アリスに求められるまま衣服や靴を買い与え、その費用を稼ぐため、劇場での興行の傍ら慣れないアルバイトにも精を出しますが...。
100人中100人が分かるストーリー展開、極端に誇張されたおきまりのキャラクターが出てくるハリウッド映画と違って、ヨーロッパ映画は分かる人にだけ分かってくれればいいという作り方で、突き放した冷たさが時々見受けられます。2人は言葉が通じないので基本的に会話は無く、更に状況説明は簡素です。「タチシェフには生き別れた娘がおり、アリスにその面影を探す」とストーリー紹介に書かれていますが、それを表すシーンは殆ど出てきません(写真を見るシーンが3回ありますが、小さすぎて何の写真か分かりません。多分、それなのでしょう)。配給会社が理解しにくいと思って説明文を入れたのだと思いますが、あらすじが必要と思わせたのであれば創った時点で説明不足です。解釈は観た人それぞれで構わないと思いますが、いかんせん、簡素すぎて、共感が湧くところまではいきません。ただ、かなりの製作費をつぎ込んだだけあり、細部まで描き込まれた絵は美しく、特に列車や船で旅をする風景描写は素晴らしいです。ハリウッド映画に辟易している方にはお勧めします。因みに、2021年1月に公演されたミュージカル「イリュージョニスト」とは別物です。
劇中で演じられる手品は、基本的には、出現と消失の瞬間芸です(タチシェフの手品には誰も見向きもしませんが、出すと消すが完璧に出来れば、あらゆる現象が可能で、それだけでもFISMで優勝可能と思うのですが?)。冒頭のショーのシーンでは、シルクハットを足で踏みつけて改めてから、中から兎を出します。タイトルの後、ファン・プロダクションを行い、ファンがケーンになる、再びファンを出し、それが花束になります。
6分、舞台袖で準備するシーンでは、シルクハットに兎を押し込み、袖にシルクを入れ、懐に傘を入れ、数本のタバコに火を点け、シガレット・ケースに入れます。
彼の前に出演している歌手(The Britoonsと言い、ビートルズのパロディ?)のアンコールが入って押したので、セットをやり直します。やっと出番が来て舞台へ上がると、歌手目当ての観客は帰ってしまい、2人しか残っていません。口からワイン・グラスを出し(売りネタのRosen Roy Martini Glassで実演可能?)、それにシルクを掛けてどけるとワインが入っています(ここは最近売り出された「ウォーター・バルーン・ドロッパー」で実現できるでしょう)。ここで観客席の子供が隣のおばあさんに、袖を使っているという仕草をしますが、袖から取ってきている動きではないですね。10分、野外パーティーに出演しますが、誰も観てくれません、口からワイン・グラスを出して左手に持ち、右手はシルクを取り出し、それをワイン入りグラスに変えます、両手にワイン入りグラスが4個になって終わります。14分、離島のバーで演じます。口から繋がった豆電球を出したり(このシーンは予告編で見られます)、大きな電球を出してシルクハットに捨て、最後に何故か手袋を出します(そこはマービン・ロイのように特大の電球でしょう!因みに以下の氏の2手順はオリジナリティがあり、見ておくべき演技です。電球の手順は有名で知られており、宝石プロダクションの演技は珍しいです。ゾンビ・ボールは上手いとは言えませんが、あっと驚く終わり方です。全体にスピーディなキビキビした動きが良いです)。
話を戻し、掃除をするアリスが落とした石鹸を箱(中に石鹸が入っている?)に変えます。アリスは小さな男の子を連れてきて、破れた熊の縫いぐるみを直して欲しいと頼みますが、タチシェフはできないと断り、代わりに飴?を取り出して与えます。19分、アリスのために靴を買ってきて、靴の入った箱にシルクを掛け、どけると靴だけになっています。22分、船に乗って島を離れるタチシェフをアリスは追いかけてきますが、切符がありません。アリスは切符を出して欲しいと手つきで表現し、タチシェフは空の手から切符を取り出し、車掌に渡します。25分、エディンバラへ到着し、泊まったホテルにいた同業者に、ボールの浮遊、シルクハットにじょうろで水を掛けると花が出る、などを披露します。29分、劇場でカードのスプリングをやった後に花に変えます。51分、宿でアリスとシチューを食べるシーンで、右手に持ったスプーンが消え、左手に現れてからそれを消し、スプーンが無いので皿を持ち上げてスープを飲みます。57分、大きなポスターをペイントするアルバイトで、小さな刷毛を大きなブラシに変えてポスターに色を塗り、更にそのブラシをシルクに変え、シルクからペンキの缶を出し、缶にシルクを入れてブラシに変えます。60分、デパートのショーウィンドウで商品のデモンストレーションの仕事、シルクハットからハンドバッグを出す、両手を改めてブラジャーを出す、シルクから香水の瓶を出します。63分、飲み干したショット・グラスを空中から取り出した箱に入れ、再び出すと、グラスには液体が入っており、箱をショット・グラスに変えて乾杯。
10月に放送予定の、マジック・シーンが出てくるアニメの情報です。
10月3日 6時~ 「斉木楠夫のψ難 第2期 第1話」 アニマックス
10月16日6時~ 「斉木楠夫のψ難 第2期 第9話」 アニマックス
Derek Dingle:「Color Triumphant」『カメレオン屋敷の奇妙な体験 Illustrated Dingle’s Deceptions No.1』(麦谷真里) p.1
Derek Dingle:「Color Triumphant」『Dingle's Deceptions with Cards and Coins』(Haines House of Cards, 1971) p.3
Paul Harris:「The P.H. Invisible Palm」『Las Vegas Close-up』(Chuck Martinez Production, 1978) p.26
和泉圭佑:「没後30年「片倉タッチ」を振り返る」『誰得奇術研究7』(プレイフェア, 2023)
片倉雄一:「カラーチェンジング トライアンフ」『片倉メモ』(プレイフェア, 2023) W-16
栗田研:「映像の魔術 イリュージョニスト」『Four of a Kind Vol.19 No.2』(チェシャ猫商会, 2021) p.646
高橋知之:「Rubry Reset」『ラビリンス Vol.1』(チェシャ猫商会, 1995) p.56
ファントマ:「ファントマが行く」『不思議Vol.1 No.3』(マジックマガジン社, 1982) p.29