私は、そのマジックのイベントがいくら自分にとって面白かったとしても、それを、手品を趣味としない人に勧めることは殆どありません。一般の人は我々が思うほどマジックに対して興味を持っておらず、マジック自体が不思議でレベルが高く、マジシャンとして楽しめたとしても、一般の人がトータルで楽しめるショーになっていなければならないと考えるからです。そういった中で、2月18日に牛込箪笥区民ホールで行われた「夢奇房 第20回公演 FISKAR-フィスカル-」はコロナ以降に私が見た中で万人に勧められる唯一の無料の公演でした。
夢奇房はマジック、ジャグリングに芝居を取り入れた公演を目指す集団で、2004年に始まった頃から総合的なエンターテイメントを目指しています。舞台は、就職活動中の学生の元に届いた知らない会社からの面接案内から始まる物語に沿って進行し、その演出に合わせたマジックやジャグリングが披露されます。今回の作品は2021年に予定されていましたがコロナにより延期されたもので、検討期間が長いこともあってか、演出や衣装や小道具など、細かいところまでよく練られています。使う道具ひとつひとつ、例えばシルクなどはマジック・ショップで売られている原色の派手なものではなく、今回の世界観に合わせたものを用いています(手染めでしょう)。こういったベストなものを持ってくるのは簡単なようで意外と手間がかかるものなので、これぐらいでいいかと妥協してしまいがちですが、そういったところを疎かにしていないところも好感が持てます。ストーリー仕立てでマジック・ショーを行う場合、ストーリーが抽象的すぎて観客が着いていけないものが多いのですが、今回のものはまとまっていたと思います。全体の半分ぐらいは芝居のシーンなのですが、演者の演技力が無いと舞台を詰まらなくしたり、進行がダラダラしてしまいますが、どの方も演技が上手く、又、舞台に出ている脇役も自分が演技をしない時にも舞台に立っているんだという意識が感じられました。子供の演者を入れたことも良いアイディアです。かなり小さい子供たちだったのですが、しっかり役割を果たしていました。特にディアボロと掛け合いでけん玉をやった女の子は、舞台上でも全く物怖じしていませんでした。今回、最も特筆すべきは生バンドを入れたことです(前回の公演「しゃべランド」でも取り入れていたようです)。歌や音楽というものはそれだけで人を感動させる力を持っており、生演奏を舞台の演技と合わせることでより高い次元へと持っていけます。照明は派手なエフェクトは入れていませんが、使えるものを適切に用い、効果を上げられていたと思います。入場無料(カンパ制)で、終演後にロビーで見送る演者の持った箱には沢山のカンパが入れられていたことは、多くの人たちが感動したことを物語っています。良いものを見せてもらいました。次回は2025年2月24日に練馬文化センターで開催されることが決まっており、是非、見ることをお勧めします。
さて、今回はコラム30回記念として、マジシャンが楽しめる作品を取り上げました。
監督:江崎実生
出演:小林旭(氷室浩次), 二谷英明(ヌイ・サップ), 弓恵子(坂口ルミ), 長谷川照子(ノン子), 小高雄二(坂口), 市村俊幸 (何明巴)
カード指導:村上正洋
主題歌:ギャンブラーの歌(作詞小林旭)
製作:日活
公開:1965年10月8日
上映時間:86分
黒い賭博師シリーズの最初の頃は、2度と博打はしないと決心していたのですが、結局はやるはめになるというものでしたが、後期(第6~8作)はドタバタ・コメディ要素が強くなり、又、凄腕ギャンブラーとの対決がメインになります。第7弾である本作は、私が見た日活映画の中で最も手品シーンが出てきます。アマゾンプライムの日活プラスで見ることができます(2週間の無料期間有り)。
以下のように主題歌の歌詞には、カードに関する言葉が含まれています。
カード片手に 旅から旅へ 何を求めて このエース
ばらり開いた 切札さえも 何故かむなしい ギャンブラー
マカオの賭博師の中でNo.1の実力を持つモノクルの楊が氷室に負け、マカオ賭博団はその後釜を決めるべく騒動が起きており、選考の結果、殺し屋でもあるギャンブラー、ヌイ・サップが氷室への挑戦者に決まります。こいつが氷室だと出された写真が、右手にはカップ、左手は親指と中指で5個のダイスを挟んでポーズを取っている、写真館で写したようなものです。賭博師って顔が知られない方がいいと思うのですが、この写真は何のためのものでしょう?続いてタイトル・バックで、真上から撮した状態で、ダイスやカード・マジックのテクニックが次々と披露されます。まず、5個のダイスをカップから振ると、全て1の目が出ます。役のできていない4枚のカードを示し、スルー・ザ・フィスト・フラリッシュで4枚のAに変えます(要するにダブル・フェイス・カードをひっくり返しているだけ。ダイヤ5/クラブA、ハート2/ダイヤA、ハート7/スペードA、スペードK/ハートAなので、一般的ではないトリック・カードです)。5枚のカード(ダイヤ5、クラブ4、ハート5、スペードA、ダイヤJ)をファンにして示し、上下を入れ替えながら閉じて再び開くと4枚のAとダイヤJになっている(A、J以外の3枚がディバイディド・カード)。5枚のカードを示し、スルー・ザ・フィスト・フラリッシュでスペードのロイヤル・ストレート・フラッシュに変えます(これも5枚のダブル・フェイス・カードを使用。スペード5/スペードA、スペード2/スペード10、スペード10/スペードJ、スペード9/スペードQ、スペードA/スペードK。パケットをひっくり返した時に表のカード(スペードA)が変化しないように考えられています)。3個のダイスと2個のカップを使った悟空の玉。2個のカップが空なことを改めます。画面からカップが外れた時に、1個のカップをダイスが3個入っているカップとすり替えて出してきて、伏せて置きます。その上に3個のダイスを乗せ、もうひとつのカップを被せると下へ貫通します。「メンタル・フォト・デック」による白くなるカード。デックを表向きでファンにして、4枚のAをバラバラに入れ、ファンを閉じてデックを裏向きにしてスプレッドすると、4枚のAがまとまって裏向きの中に表向きになっています(予め4枚のAのダブル・フェイス・カードをデックの中央当りに入れてあった)。パケットをバックル・カウントで4枚のKに見せ、最後のブロックを一番上に回し、再びバックル・カウントをすると3枚のKと1枚のAになり、続いてバック・スプレッドすると4枚のAになる。ダブル・リフト(昔らしく、縦にひっくり返しています)でクラブKを示し、ダイヤAに変える。ジェイコブ・デイリーのラスト・トリック。これは4枚のAを示し、赤いAの2枚をテーブルに置き、残りの2枚をデックのトップに置く。テーブルの2枚を表向きにすると、黒いAになっており、その後、デックのトップのカードは見せません(最初に4枚のAを示した後、リバース・カウントのような動作をして次のダブル・リフトをするための位置調整をしますが、配列に矛盾があります。ダブル・リフトで見せるところでそこは赤いAではなく、黒いAのはずです)。ここで“カード指導 村上正洋”と出ます。最後は、テンヨーのファン・カードでファンを作ります。
氷室は神戸の知り合い、テキサス・キッドの家に身を寄せていました。かつてはイカサマ賭博で名を馳せたキッドも今では街頭で拾ったノン子と2人で西洋占いをしながら暮らしていました。ガムの売り子のノン子は賭博ができるということで、地下の賭博場に呼ばれます。ノン子の手はスペード6、スペードK、スペード4、スペードQ、スペード3で、それをスルー・ザ・フィスト・フラリッシュして、スペードの2~6のストレートフラッシュにします(5枚のダブル・フェイス・カード(スペード6/スペード3、スペードK/スペード2、スペード4/スペード4、スペードQ/スペード5、スペード3/スペード6)を使い、ひっくり返すだけ)。イカサマ賭博をしていると、その腕に惚れ込んだマカオ賭博団と繋がりのある坂口がノン子を香港に売り飛ばそうと誘拐してしまいます。助けを求めるノン子の口から氷室の名が飛び出すと、氷室を探していたマカオの組織は俄然、色めき立ちます。テキサス・キッドが占いをするシーンでは、デックでスプリングした後、ディーリング・ポジションに持ってネジを巻く動作で音をたてるギャグを行ってから(高木重朗考案と聞いており、文献調査しましたが見つけられませんでした)、右手に持ってトップとボトム・カードを右手に残すように残りのデックを左手に投げて、右手の2枚をテーブルに表向きに出していく動作を繰り返します。何故か横にはヌード・トランプが置かれています。氷室はソファに横になりながら、テーブルにテンヨーのファン・カードでリボン・スプレッドをします。氷室はキッドと話しながらファン・カードで普通のファンを作ったり、ファロー・シャッフルでかみ合わせてジャイアント・ファンを作ったりします。
マカオのボス、何明巴は直ちに氷室を呼び出すと、そこにはノン子が猿ぐつわをされてショウに出されていました。見かねた氷室は何明巴とダイスで勝負をします。ダイスを改めさせろという氷室に対し、何明巴は2個のダイスと2個のカップを使って悟空の玉を見せて惑わせます。まず右手でテーブルの1個のダイスを取り上げて左手のカップに入れる時に、右手にパームしていたエキストラのダイスを一緒に入れます。カップは口を上に向けたままテーブルに置かれています。テーブルのもう1個のダイスを右手で取り、左手で握ったふりをして消し、カップに投げ込む動作をします。カップからは2個のダイスが出てきます。2個のカップを両手で持って改めながら、右手にパームしていたダイスを左手のカップに密かに入れ、テーブルに伏せて置きます。テーブルのダイスを1個取り上げ、カップの上に置き、もうひとつのカップを被せます。カップを重ねたまま取り上げ、貫通した1個のダイスを示します。悟空の玉のように、重ねたカップの1個を取り、ひっくり返して今、貫通したテーブルのダイスに被せ、そのカップの上にテーブルに残っているダイスを乗せ、その上に残ったカップを重ねます。カップを重ねたまま取り上げ、2個のダイスを示します。市村俊幸自身が演じており、なかなか上手いです。その後、丁半博打をし、何明巴がいかさまダイスを使っているにも拘わらず、氷室が勝ちます。氷室は「どんないかさまサイでも5回に1度、10回に1度は必ず逆の目が出る。私はその比率に賭けただけだ」と言います。つまり、ダイスに錘が入っていても、うまく立てば重い方が上になってしまうこともあるということでしょうか?
氷室が勝ちますが、ノン子は帰されませんでした。何明巴の卑怯な態度に怒った氷室は、何明巴が大事にしている女ルミを人質として連れ出し、ホテルに監禁します。しかし、ルミは逆に氷室にすがりついて離れないのでした。その後、マカオのヌイ・サップが幹分の出迎えを受けて大阪の空港に降り立ちます。37分、氷室は何明巴の部下とダイスで勝負します。テーブルの5個のダイスをカップですくってダイス・スタッキングをすると、上の面が全て1です。ここはワンカットで行っているように見えます。46分、キッドはヌイとポーカーで勝負します。キッドの手はスペード5、2、9、10、A。そこでイカサマを行い、手の中でひっくり返しスペードのロイヤルストレートフラッシュに変えます(5枚のダブル・フェイス・カードを使用。スペード5/スペードA、スペード2/スペード10、スペード9/スペードJ、スペード10/スペードQ、スペードA/スペードK)。そしてカットが切り替わり、裏面をチラッと見せながらレギュラー・カードのロイヤルストレートフラッシュをテーブルに置いていきます。そのゲームの直ぐ前にヌイがロイヤルストレートフラッシュで勝っていたので、キッドはそれをそのまま利用したわけです(カルの必要が無い)。ヌイはイカサマを見破ります。そして、手に持ったデックをスイベル・カットし、ボトム・カードをカメラの方に向けた状態で、要するにカードの表が見えない状態で、何のカードかを次々と言っていきます。その後、トップ・カードをダブル・リフトでハートAであることを示し、スリップ・カットのようにデックの中に埋めた後、ハートAをトップから出します(アンビシャス・カード現象)。ここも二谷英明自身がやっています。
50分、氷室とヌイ・サップはポケット・ビリヤードでトリック・ショットで勝負します。その後、スリー・クッションで勝負します。カットが切り替わると玉の配置が変わっており、矛盾したシーンがあります。マッセも披露されますが、手だけを撮しているのでスタンドインです。物語のクライマックスで、氷室とヌイ・サップは、互いに1発だけ弾を入れた銃で撃ち合って勝負を決めます。
黒い賭博師シリーズ第4弾「投げたダイスが明日を呼ぶ」では、氷室は地獄のギャンブラーという異名になっています。新米賭博師が、神戸の賭博場で氷室に逆恨みをした組織の者によって殺され、 氷室はその遺骨を持って高松市を訪れます。そこで組織が農家の人たちを追い出してホテルを建てようとしていることを知り、その人たちのために戦うことにします。氷室は皮のチョッキを着ており、戦後に苦労して土地を開拓した人たちに立ち退きを強いる組織が出てくること、最後には怒りが爆発し、悪者をやっつけるというように、まさに「シェーン」です(因みに、「ギターを抱えた一人旅」の主題歌には“東京シェーン”という歌詞があります)。ダイス賭博シーンがありますが、特に面白くはありません。
今回で小林旭シリーズは終わりと言いましたが、まだありました。次回はシリーズ最終話「黒い賭博師 悪魔の左手」を紹介します。
2月24日 13時~ 「花王名人劇場 #41 摩訶不思議?! 爆笑おもしろマジック」 BSよしもと
2月25日 18時~ 「花王名人劇場 #41 摩訶不思議?! 爆笑おもしろマジック」 BSよしもと
1) 長谷川詩玲:「ジャイアント・ファン」『ファンカード入門』(金沢文庫, 1975) p.33