4月21日にはMシアターでの「第2回MN7研究会」で、「日韓ワールドカップが日本のマジック界に与えた影響」と題して講演を行ないました。40数名の方々に来ていただけました。私が翻訳出版した「フューサラード」をお土産に付けましたが、その場では時間がなくて詳しく話せなかったマルティプル・セレクション・ルーティーンについてお話ししましょう。
「フューサラード」はポール・カミンスとドク・イースンの共著で、50ページ以上ありますが、それにはマルティプル・セレクション・ルーティーンという一つのカード・マジックだけしか解説されていません。複数の人にデックからカードを1枚ずつ選ばせ、それを順に当てていくという現象です。最初にこのトリックを見たのは、ランディ・ウェイクマンでしたが、その時は大して面白いトリックだとは思いませんでした(彼の手品は、たいてい面白くないですが...)。その後、2003年のFISMハーグ大会で、ドク・イースンがバーのようなところで演じているのを見て、バー・マジシャンとして観客を巻き込んでいくところが凄いと感じたのと同時に、マルティプル・セレクション・ルーティーンが素晴らしいトリックだと再評価しました。4Fコンベンションでポール・カミンスと知り合い(写真は2002年に4Fでマルティプル・セレクション・ルーティーンを演じるポール・カミンス)、2003年に日本へ呼んでレクチャー・ツアーを開催し、その後、2009年にはドク・イースンも招聘しました。
ポール・カミンスは1956年生まれで、2020年に64歳で心臓発作で亡くなりました。カードもコインもどちらも上手く、カードではサイド・スチールとカルは完璧です。私が見た中で、サイド・スチールが上手いと思った人はマイケル・アマーとポール・カミンスで、アマーがカードを水平に抜くのに対し、カミンスはマルローの方法を使っています(Ed Marloの「The Deliberate Steal」参照)。レクチャーDVD「The Side Steal」で詳しく解説されており、国内ではマジックハウスで取り扱っています。
コスチャ・キムラットが2006年にマジックランドの箱根クロースアップ祭で来日し、ロードランナー・カルが一時、流行りましたが、彼にカルを教えたのはポール・カミンスで、2003年に来た時に、既にデモンストレーションしています(カルの解説をしてから、デックの表を観客に向けてカルをしながら、何のカードをカルしているか分かるか?と尋ねます。最後までスプレッドして、デックを揃えてからファンにすると、赤と黒に分かれているというものです)。又、コインをする人にはレクチャーDVD「Up in Smoke」がお勧めです。コインを1枚隠しながら、バック&フロントパームのように手の両面を改める技法では、コインを裏へ回しているようには思えず、最初に見た時には仰天しました。この手の技法では、ジョン・カーニーと同じぐらい上手いです。因みに、ポール・カミンスは2013年にも来日しましたが、その時は痛風でバック・ピンチができなくなっていました。残念!
現象だけ聞くとマルティプル・セレクション・ルーティーンは単なるカード当てだと言うと思いますが、最も客の印象に残るトリックだと思って、翻訳することにしました。現象は千差万別ですから、何が1番受けるかなんて選べるわけないですが、このトリックが凄いのは現象それ自体じゃありません。15分ぐらいは演じる場で、演技の最後にマルティプル・セレクション・ルーティーンを行います。10人ぐらいの客にカードを1枚ずつ選ばせ、1枚ずつ当てていきますが、客にカードの名を聞く時に、客の名前を呼んでから、何のカードでした?と尋ねます。そしてカードの名が言われるや否や、そのカードが取り出されます。「フューサラード」の中の1ページをお読みください。何が客の印象に残るか、私の言いたいことが分かっていただけると思います。
要は、マジシャンはカードを当てるだけでなく、自分の名前も覚えてくれたということが観客の記憶に残るのです。マルティプル・セレクション・ルーティーンをしない人でも、この考えは、しゃべりのトリックを演ずる場に応用できると思います。「フューサラード」をお持ちの方は、是非、再読してみてください。 ポール・カミンスはレクチャー・ビデオは数本しか出しておらず、テレビ出演も見たことがありません。YouTubeでは以下の演技を見ることができます。
1つ目の「True Triumph」は、佐藤総氏の「Bushfire Triumph」よりも以前に発表された同種のトライアンフです。マジックハウスから出ているレクチャー・ノート「ポール・カミンスズ・ファシデュー2013」に解説されています。
ペンギンマジックからはレクチャーDVD「Paul Cummins LIVE」が出ています。
ドク・イースンは「Fusillade the DVD」を出しており、マルティプル・セレクション・ルーティーンの彼のバージョンを解説しています。
監督:松田定次、小林恒夫
脚本:比佐芳武
出演:片岡千恵蔵(多羅尾伴内), 徳大寺伸(堀井庄吉), 高田博(山下三造), 山内修(三沢大助), 南原伸二(小塚鉄夫), 柳永二郎(矢島伝三), 清村耕二(大原健二), 安宅淳子(相川まさ子), 千石規子(小塚とく), 田代百合子(小塚信子), 加藤嘉(奈川圭吉), 須藤健(吉岡庄太郎)
配給:東映
公開:1956年
上映時間:86分
福徳銀行が3人組の強盗に襲われますが、多羅尾伴内の協力により、犯人たちは逮捕されます。犯人たちが使っていた拳銃は密輸された新品のコルトで、製造番号は連番でした。キャバレー・リラで、矢島組の小塚は赤沼組の大原を射殺します。ナガセホテル社長、長瀬は拳銃密輸団の首魁で、それをかぎつけた赤沼組の大原がゆすりに来たので、長瀬は百万円で手下の矢島組の小塚に大原を殺させたのです。逃げる小塚をかくまったのはタクシー運転手に変装した多羅尾伴内(上の映画のポスターには縦に5人の変装した姿が写っていますが、その中の片目の男)でした。多羅尾は小塚が使った拳銃が拳銃密輸団から流れたものであることを見抜きます。今度は保険外交員に変装した多羅尾は、駄菓子屋をやっている小塚の母、とくを訪ね、小塚が5年前に家出したことを知ります。ところが多羅尾の留守に小塚は仲間におびき出され、ナガセホテルの一室で自殺死体で発見されるのです。大原が殺された時、キャバレーで一緒にいたダンサーのまさ子は自分にも危険がおよぶと思い、高飛びを考えます。
51分、多羅尾はやくざ者風に変装し(上のポスターの一番下)、キャバレー・リラでまさ子に会い、脅しをかけるために、いきなり手品を見せ始めます。両手を改めてから、空中からカードを取り出し、ファンにします。左手でデックを持った片岡千恵蔵を正面から撮し、右手を当ててファンを作り始めますが、カットが切り替わって手のアップになります。ファンを3回、作って見せた後、左腕にスプレッドして、ターンしながら投げ上げてキャッチします。キャッチしたところで片岡千恵蔵の全身のカットに切り替わり、カードをテーブルに落とすと札になっています。そして、「魔術師の政こと、新田政吉だよ」と名乗ります。「次はこれだ」と言い、バックパームした右手で空中から1枚のカードを取り出します。「あっちゃ~っ、こりゃ“す”のカード(カスの意味?)だ。おめえさん、あの世へ行きてえのかい?行きたけりゃ、見な、道具はここにあるよ」と言い、テーブルに出した札に被っていた帽子を取って被せ、どけると、拳銃になっています。カードのフラリッシュをするところの手のアップはスタンドインです。又、カードを取り出すところや、カードが札になり、そして拳銃になるところは編集で繋いでいます。
まさ子から情報を得ますが、その帰りに彼女は密輸団の一味に射殺されてしまいます。多羅尾は小塚の妹の信子に会い、小塚が信子に贈ったコンパクトに書き込んだ暗号を解読すると、「私は殺される」と出て、小塚は自殺ではなく、殺されたことが分かります。多羅尾は船長、片倉雄吉(上のポスターの船長帽を被った男)に変装してナガセホテルに現われ、泊り客に化けている長瀬の子分の奈川や吉岡に、拳銃を欲しがっている大富豪、王介雲(上のポスターの一番上)のことを話します。奈川たちは王の家を訪れ、多羅尾は王に変装して応対し、銃の売買の取引を持ちかけます(連載第36回「十三の眼」で出てきた、先回りして相手を欺くトリックと同じ)。一方、長瀬一味はコンパクトを奪おうと、とく、信子らを誘拐し、長瀬の別邸に連れて行き、コンパクトの行方を白状させるために拷問をします。そこへ奈川たちをやっつけた多羅尾が駆けつけ、信子たちは救われます。多羅尾の通報によって警官隊も駆けつけ、長瀬たちは一網打尽となります。多羅尾はとくと信子に百万円(小塚が大原を殺すことで貰うはずだった金)を与えて、手紙を残して去っていきます。
本作品と「復讐の七仮面」では、加藤嘉が脇役の悪人で出てきます(「七つの顔の男だぜ」では巡査役)。田宮二郎「白い巨塔」の大河内教授役、松本清張の「点と線」の鳥飼刑事などが印象に残っている俳優です。
クライマックスで多羅尾はいつもの口上を述べて変装を取り、映画のポスターのような黒の上下で2丁拳銃を持ち、階段をゆっくり降りながら、今までの真相を暴いていくところはかっこいいです。撃ち合いシーンは、オーソン・ウェルズの「上海から来た女」に出て来るミラー・ハウスのパクリでしょうか?コンパクトの暗号の解読にはヴェルレーヌの詩集が出て来ます。ヴェルレーヌと言えば映画「史上最大の作戦」の暗号で登場する有名な詩がありますが、こちらの公開は1962年なので無関係でしょう。
Amazonプライムをやっていれば、これも東映オンデマンド14日間無料体験で見られます。次回は、多羅尾伴内シリーズ第10話「十三の魔王」を紹介します。
1) Ed Marlo:「Marlo’s Discoveries」『Early Marlo』(Magic Inc., 1964) p.47
2) Ed Marlo:「The Deliberate Steal」『Side Steal』(Magic, Inc., 1957) p.5
3) Paul Cummins, Doc Eason:『フューサラード』(チェシャ猫商会, 2009)
4) Paul Cummins:『The Japan FASDIU Lecture Notes 2003』(マジックハウス, 2003)
5) Paul Cummins:『Paul Cummins’ FASDIU 2013』(マジックハウス, 2013)
既に放送されてしまいましたが、以下の番組がありました。
4月22日 21時~ 「鶴瓶ちゃんとサワコちゃん〜昭和の大先輩とおかしな2人〜#14マギー司郎」 BS12トゥエルビ