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コラム

Around the Vernon(2022.5/24 up)

はじめに

20世紀のマジック・シーンにおいて、Dai Vernonという奇術家は特別な存在であった。私自身にとってもそれは全く同じで、彼に会いたくてアメリカに行き、彼を知りたくて本を読み、知人達から彼についてのいろいろな噂や話を聞いてきたのである。果たして、彼がいなかったら私は今日まで奇術を続けていただろうか。 そんなバーノンのまわりで起こってきた事や人物について、私が気にしてきたこと、気づいたこと、気になることを気ままに、気楽に書いてみたいと思います。

第1回 Marloの “ TILT ”とVernonの“Depth Illusion”

「ティルト(TILT)」というカード奇術の技法をご存じだろうか。「カードをデックの真ん中あたりに差し込んだと見せて、実はトップから2枚目に差し込んでしまう」(図解カードマジック大事典 東京堂出版)というものであり、効果が大きな割に、比較的簡単に行えることからカードマジシャンの間で急速に広まっていった技法である。1962年にEdward Marloが小冊子でその研究成果を発表した当初から、この技法のオリジネーターを巡っての議論が絶えなかったのである。今回はこの技法の歴史についての考察をしてみたい。

私(宮中)が「ティルト」を知ったのは?

我が国のマジシャンの間で、カードマジックの技法である「ティルト」が急速に広まったのは、加藤英夫氏が「カードマジック研究シリーズNo.1 ティルトの研究」(1970年)を出版したときからであり、私自身もこの書によってティルトを憶えたのでした。加藤氏はその「はしがき」の中で、「ティルト“という技法は、エド・マルローが同名のタイトルで発表したものだが、一説によると、この技法の本当の考案者は、ダイ・バーノンということになっている。マルローは、解説書の中で、”ダイ・バーノンも偶然この技法と同じものを、私が考えつく2週間程前に考えた。”というようなことを述べている。そのへんの事情の真相を知る由はないが、いずれにしてもマルローが先に出版したので、一般にはマルローの”ティルト”と呼ばれているようである。」 と、この技法の考案者について、意味深かつ簡略に述べておられる。当時はこのマルローの著書を持っている人物もほとんど無く、従って読んだ人も無いなかで、この技法についての議論も全くされてこなかったというのが、我が国における「ティルト」の位置づけであった。

マルローはどのようにしてこの技法を思いついたか?

Edward Marlo’s “ Tilt! ”(1962) の「序文」から、(マルロー曰く) 「TILT(ティルト)は、私自身がBluff Shiht(ブラッフ・シフト)のいろいろなやり方について試行錯誤しているうちに新しく思いついたアイデアである。 ブラッフ・シフトはティルトに非常に近似したアイデアの技法である。デックの半分を持ち上げたように見せ、その実一枚のカードを取り上げる。これによって、客のカードをデックのどこか中央に返してもらうかのように見せて、実はトップ・カードの下に戻させるのである。 実際にここで解説するティルトを使ったイフェクトの多くが、ブラフ・シフトで行うことができきる。・・・」と。 つまり、彼はブラフ・シフトについて研究しているうちに、ティルトを思いついたということであり、ブラフ・シフトでできる奇術は、ティルトを使って同様にできると言っている。 さらに彼は「ティルトは(ブラフ・シフトに比べて)さらに巧妙であり、(観客を)だますのが容易である。」と書いている。

マルローは誰から「バーノンがこの技法について関与しているか」の情報を得ていたのか?

続いてマルローは「いつものように、他の信頼できるカード・マン達と一緒に私のノートを整理していく作業中に、ダイ・バーノンが私より数ヶ月先行して、“ Single Card Tilt ”を独自に考案していたことを聞かされた。また、“ Single Card Tilt ”を使い、その下に4枚のAを置くこともまた1961年の6月にニューヨークのKen KrenzelとHoward Schwarzmanによって独自に考え出されていた。・・・」 つまり、マルローはバーノンがすでに(数ヶ月前)ティルトを発明していることを知って(認めて)おり、彼はそれとは別にこの技法の使い方において、バーノンとは差別化し、自分の方が先行している事を主張する目的で、このパンフレット(28ページ)を出版することにしたようである。 自分(マルロー)よりバーノンがティルトを先に考案していることを聞かされたという「信頼できるカード・マン達」とは、誰のことだろうか? Howard SchwartzmanとKen Krenzelはもちろんのことであるが、なぜか私にはティルトの本に奇術を提供した二人の奇術家、Neal Elias(ニール・エリアス)とRoger Klause(ロジャー・クラウス)のことが気になったのである。

ロジャー・クラウスの奇術

上記二人の奇術家は当時のマジック・シーンで有名なカーディシャンでした。 ニール・エリアスはマルローとは以前からの付き合いがあり(Marlo’s “Multiple Shift”等の著作に登場)、ティルトの本に載せている奇術も「アンビシャス・カード」の一種であり、決してバーノンを超えたものではありません。 他方若き(1938年生まれの彼は当時、23・4才でした)ロジャー・クラウスの作品のほうは少し変わったものでした。マルローの本に載せているロジャーの奇術“ Fake Center Deal ”は、 ①トップカードを客に見せ、表向きのままで次のトップカードの下に差し込む(ティルトする)。
②(客に分かるように)右手でデックを揃える時、左手小指でデックの中央付近にブレイクを作る。
客はこのブレイクがカードを差し込んだ時にできたものだと考える。
③ブレイクを外して見せ、「私は指先の感覚だけでセンター・ディールができるので、ブレイクは必要ありません。」と言う。
④あなたができる最高のセカンド・ディールを行い、彼の目が飛び出るほど驚かしましょう。
というものである。すなわち、ロジャーがマルローに見せたこの奇術は「上手いセンター・ディールを客に見せる」という演出の奇術であった。

バーノンはどのようにしてこの技法(Depth Illusion)を思いついたのか?

Ken Krenzelが「どのようにして、この技法を思いついたのか」と、バーノンに尋ねたこ とがある。バーノン答えて曰く「エドワード・ビクターの本の写真から学んだ。」とのことである。 このエドワード・ビクターの本の写真とは、Edward Victor’s “Further Magic of the Hands” にある写真であることから、バーノンの考案はこの本が出版された1946年以降であること がわかった。(ちなみに、ビクターの技法は「(デックのフロント側から)デックの中央に差 し込むと見せて、実際にはトップカードの下に差し込む」ものである。)バーノンはこの技法のことを“Depth Illusion”(ディプス・イリュージョン)と呼んでいたようだ。

バーノンはこの技法をどのような奇術に使っていたか?

バーノンが、この技法をどのような奇術に使っていたのかという疑問について、すぐに思 いあたるのは“ Fool Houdini ”と呼ばれる奇術への応用である。しかし、彼がこの奇術を演じていたのは彼がまだ少年のころであり、その時点ではティルトはまだ考案されていない。  Jon Racherbaumerの調べでは、Ken KrenzelとHoward Schwarzmanがはじめてバーノンにティルトを見せてもらった時(1958-9年)のトリックは、やはり「1枚のカードが示され、デックの中央に差し込まれる。が、すぐにデックのトップから現れる。」 (このときには、バーノンはデモンストレーションのみで、解説はしなかったという)というアンビシャス・カード現象であったという。 おもしろいことに、これに関して加藤氏は上述の書に次のように書いている。(加藤氏は バーノン来日時、すなわち1969年に見聞きしたものと思われる) 「この作品(パーフェクト・アンビシャス・カード)は、バーノンがティルトの技法を考 案したときに、ティルトを用いて行う手品として初めての作品である。すなわち、彼がはじめてティルトを公開したときに、このダブルバックカードを併用した小品をもって世に送り出したのである。しかし、その後マルローがこの技法に関する解説書を出したので、バーノンはあまりこの作品を自分のオリジナルとして演じなくなってしまったとのことである。」

*パーフェクト・アンビシャス・カードのやり方: ①ダブルバックカードを1枚、デックのトップにおいておく。
②デックを広げてゆき、客に1枚のカードを選ばせる。
③トップカード(ダブルバックカード)の下にブレークを作っておき、客の選んだカードをティルトによって、トップカードの下に入れる。
④トップの2枚をダブルリフトして、デックのトップに表向きにひっくり返す。すぐに、トップの(客の)カード1枚だけを客に渡す。
すなわち、少年バーノンが“ Fool Houdini ”を行っていたときには、まだティルトは考案されていなかったが、ティルトを考案した時に“ Fool Houdini ”に応用する事はバーノンであれば、すぐに思いついた事は明らかである。

私にはこのティルトを巡る大きな疑問があった。

それは、Jon Racherbaumerの天敵ともいえるKarl Fulvesが書いた一つの奇術解説にある。彼は雑誌The Pallbearers Review Close-Up Folio #10 Dai Vernon Issue( 1977 )に、「秘密の未解決テーマ」として“ Tilt Poker ”という奇術を紹介している。すなわち、「4枚のAを示し、これらをデックの中央に差し入れる。直ちに、2人分のポーカー・ハンドをトップから1枚ずつ交互に配っていくと、術者のハンドにAが4枚とも来ている。」というものである。しかし、ファルブスは ①誰が提出したテーマか?明記していない。バーノンの特集号なので、多分バーノンが提起したのだろうか。 ②ファルブスはここに、2つの解答を書いているが、バーノンはこのような方法を考えはするが、決して採用しないとしか思えない程度のものである。 つまり、バーノンが見せた奇術テーマは示したが、方法は違っていたと考える。 ここで、ロジャー・クラウスが登場する。マジックのアンダーグラウンドのリーダーとして知られていたロジャー・クラウスが1988年3月に小野坂東氏の招聘に応じて来日した。 ロジャーとは、Larry Jenningsのおかげもあって、すぐに仲良くなった。彼はアメリカの奇術界のことについて実によく知っていて、特にバーノンについては彼自身バーノン・フリークでもあり、バーノン研究についても熱心であった。確か会って3日目のこと。彼は自分がまだ若い頃に、バーノンに見せてもらった奇術だと言って、一つの奇術を見せてくれた。それは、 ①デックから4枚のAを抜き出す。
②裏向きに持ったデックの中央に、4枚のAを揃えて裏向きに差し込む。このとき、4枚のAのところに左小指でブレイクを作る。
③「いまから、素晴らしいセンター・ディールを見せよう。このセンター・ディールは特別な方法で、ブレイクが必要ないんだ。」と言って、左小指のブレイクを無くす。
④ポーカーのツー・ハンドを配ると、術者側に4枚のAが集まる。
という奇術であった。
これって、マルローがティルトの本を出版する前に、ロジャーがマルローに見せた奇術と同じ演出(さらにサトルティの効いた)の奇術ではないか。 バーノンは「ディプス・イリュージョン(ティルト)」考案の初期において、アンビシャス・カード以外の奇術にも、その使い方を発展させていたのだ。バーノンの考案はマルローの主張するように“ Single Card Tilt ”だけではなかったのである。

結論

マルローが発表した数多くの技法の中でも“ TILT ”は最も有用で有名な技法の一つである。にもかかわらず、 ①“Edward Marlo’s Full Tilt ”( Jon Racherbaumer 著1992 )が出版されるまで、マルロー 自身によって「ティルト」は再版されることはなかったのはなぜか? また、
② バーノン自身も自分の方法や自身の考案であることの主張を出版物として発表しなか ったのはなぜか?
③ ロジャーはバーノンから「ティルト・ポーカー」を見せられ、それをマルローに見せる 時に、なぜそれがバーノンの奇術であることを明かさなかったのか?そして、なぜ4枚のAではなく1枚のカードでやって見せたのか?
三人揃って鬼籍に入ってしまった今、真実は闇の中である。 以前から、バーノンとマルローの仲が悪いと、奇術家達の間でまことしやかに語られてきた。しかし、バーノンがマルローの悪口を言ったのを聞いたという奇術家を知らないし、またマルローがバーノンの悪口を言った事実もない。彼らの取り巻きの連中が煽っていただけなのだ。 ロジャー・クラウスは両者ともに親しい人物だが、こんな話をしてくれたことがある。バーノンがレクチャー・ツアーのためにシカゴを訪れたとき、レクチャー終了後に数人のマジシャンが集まった席で、バーノンがマルローにあるカードマジックを見せた。不思議な現象にマルローが「もう一度、見せてください」と頼んだ。バーノンは「ノー」とだけ答えたという。 それから数年後、バーノンが再びシカゴを訪れた時、カードのセッションが始まった。そこでマルローがこの日のために特に準備してきたカードマジックを見せたところ、バーノンが「エド、もう一度やって見せてくれる?」と言ったという。マルローははっきりとこう答えたと言う。「ノー」と。  お互い、ライバルになった瞬間であった。

参考文献(海外)

Edward Marlo : TILT! (1962)

Karl Fulves : Epilogue No.10(1970)
・Roger Klause “Convincing Mock Pass”

Karl Fulves : The Pallbearers Review – Close- Up Folio #10 ( 1977 )
    ・Howard Schwarzman’s Idea
    ・Tilt Poker

Edward Victor : Further Magic of the Hands ( 1946 )
・Edward Victor’s “ The Awkward Ace “

Harry Lorayne : The Card Classic of Ken Krenzel ( 1978 )
    ・The Front Tilt

     Jack Merlin : ・・・and a Pack of Cards ( 1929 )

Lance Pierce : Roger Klause In Concert ( 1991 )
The Bluff Bluff Pass

加藤英夫:ティルトの研究(1970)
・ティルトの方法
・アンビシャスカード
・アンビシャスJ・Q・K
・小さな奇跡 (ラリー・ジェニングス
・あなたは手品師
・パックの中のトランスポ
・パーフェクト・アンビシャス・カード(ダイ・バーノン)
・仲の良いA・2・3 (沢 浩)


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