著者のEugene BurgerさんとRobert E. Nealeさんが共著された本書はすばらしいのですが、まずは日本語版の製作に尽力された田代 茂さんに感謝の意を表します。田代さんのコメントを拝見すると原文が難解な文章であったそうで、それを我々に分かりやすく翻訳されただけではなく、各ページの最下段には注釈がびっしりです。それも単なる補足ではなく、引用されている文献の詳細であったり、日本語に翻訳された時の工夫などもありで大変参考になります。パートによってユージンさんとニールさんが担当になるのですが、最初の影絵でどちらの方が執筆されたのかが分かるようになってます。
一方で、これは欧米人と日本人の歴史というか背景が異なるために、読みにくい・理解しにくい内容が多くあります。宇宙辺りのお話は世界共通なのでしょうが、アメリカ先住民のお話や、特に中盤に差し掛かるあたりは、ゴスペルマジックやそれに関する教養がないと厳しいかなと(実際、退屈でした)。単語のスペルマジックと同じで、日本語にするとぼやけてしまい日本人にはそのままでは受け入れにくいものです。マジックそのものをカテゴリー分析された項は分かりやすく参考になり全てが読みにくいわけでもないのですが、技法に特化した本では無いので上述したような傾向もあると思います。そもそも『マジックと意味』というタイトルが示すように、一般のマジック本とは趣を異にしている本書ですので、それなりの知識がある人が読まれるのだろうとは思います。色々と参考になる部分もありましたが、増補される前の最終章までを読んだ感想は消化不良の一言でした。
ただ、増補版として”会話編”が挿入されていることで、そのモヤモヤ感はすっきりする方向で本書を読み終えることができると思います。私たちの考えは示したので、あとはあなたが考える番です!と言われても的な部分をユージンさんと彼の友人達との会話では、本書が示したかった内容の一部を具体的に記載されています。最後まで読まれることをお勧めします。両名の考えは示されますが、「パズル」であろうが「トリック」であろうが、それを否定することはされていないあたりでも、読まれた方の判断にお任せするとの意思が伺えます。
「トリック」を演じたいのか、「マジック」を演じるのか。心に残りました。
この本ではそもそもマジックとは何なのかといったことから、不思議なマジックを作るには具体的にどういう要素が必要なのかという実践的なことまで幅広く取り上げられています。
そのため、マジックに関わる全ての人におすすめしたい本です。
その人のレベルや置かれている状況によって見るたびに新たな発見が得られるのではないでしょうか。
中でも冒頭の「マジシャンがマジックを恐れている」という指摘には、はっ!とさせられました。自分がマジックに対して感じていたモヤモヤを見事に言語化してくれています。
また、この本を読んで改めてマジックの素晴らしさを再確認することができました。マジックはアートであり、他のエンタメとも違うかけがえのないものなんだと、そんなことを再認識させてくれる本です。
それにしても、このような哲学書をよくぞ翻訳してくれたなあと思いました。
出版までに9年もかかったそうな。これまでの道のりは想像に難くありません。
この本を翻訳してくださった田代さんにも最大限の敬意を表します。
エール大学出身の著者がアカデミックの立場でかつ、我々パフォーマーに向けて心の在り方やいかにエモーショナルな部分が創られているかを知見とともにわかりやすく縷説している。それを日本語で読めることで今初めて英語圏のプロからプレミア本と絶賛されていることの凄みを心底理解できた。
「マジック体験」の章はマジシャンのみならず、パフォーマーならば必読である。語られている自然現象に対するリスペクトとその形容の一つに「天の川は彼方にあるのもではない」というパートがあるが、著者、訳者ともに粒粒辛苦、マジックに尽力してきたパイオニアだからこそ可能にしている当該書籍の燦然と輝く表現の数々をハードカバーで読めたのは、この時代にマジックが好きな一人でよかったと改めてマジックを愛する喜びとなった。